まわされよう

彼が今の車に買い替えてもう二年になるでしょうか。
彼の両手の中から僕は毎日彼を見ています。
車を彼の行きたい方向に向ける。
彼のためならその使命が誇らしいものに思えるんです。
だって彼はとってもかっこいいんです。
この間この車に乗ってきた彼の友人との会話を聞くと、彼は重大な仕事を任されているみたいです。
彼はやっぱりすごい人なんだと嬉しくなりました。
でもその仕事がうまくいってないという話も聞きました。
僕は心配になりましたが彼は大丈夫、と笑っていたので安心しました。
彼はいつも笑っています。
仕事がうまくいかないときも、恋人に振られたときも、彼は笑っていました。
でも、彼が泣くことだってあります。
銀行の角を右にまがったところの小さなアパート。
そこに住む彼より少し若い青年に会うと、彼は吸い寄せられるように青年に近付き、青年の腕の中で静かに泣きます。
最初はあの人が彼を泣かしているんだと思いました。
でもあの人の所に向かう彼はとっても嬉しそうなんです。
お気に入りの音楽を聞いているときよりも、どんな友達と話しているときよりも。
それに、あの人の顔を見ると彼はとても安心した顔をするんです。
いつもの笑顔とは違うほんとの笑顔なんです。
本当はもっと彼の体温を感じていたいけど、僕の仕事は彼を行きたい所に連れていくことだから。
彼が一番幸せでいられる場所にたどり着けるように、いつもの銀行の角をまがるために。
僕は、今日も彼にまわされよう。


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最終更新:2009年03月29日 17:45