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鼻血

ボタッ

「あーーっ、立花さん!」

あっ、と私が思う前に、いつもの世話焼きな声が飛んできた。
下を向けば、白衣の腹辺りに赤い液体が落ちた跡。

「あー……」
「『あー……』じゃないスよ!何下向いたままになってんスか!鼻血ですよ、鼻血!
実験器具ン中とかに落ちたらどうするんスか!」

私は一応この研究所の先輩のはずなのだけれども、いつの間にかこの杉浦には頭が上がらなくなっている。
飲み干して一日経ったコーヒーカップでもコーヒーを継ぎ足して飲み続けるのが普通だった私の日常は、
杉浦が配属されてからすっかり変わってしまった。
何しろカップを洗うまでこの杉浦が「うわっ信じられない」と言いたいばかりの視線を投げかけてくる。
しぶしぶ洗っても「それじゃ水かけただけっスよ!」と私の手からカップを奪って指をゴシゴシ滑らせて洗う始末。
一事が万事、私に対する杉浦の態度はいつもそんなものだ。
「だから何してるんスか。上向くとか」
「あ、ああ…」

捲し立てられて悪いことをした子供のように立っていた私に、
杉浦がつかつかと近寄ってきて、そのまま私の鼻筋を押さえた。

「ティッシュとかないんで。しばらくこうしておいて下さい」
「いや、しかし、これは」

杉浦を見下ろしたまま私は困って固まってしまった。
杉浦が丸い目で私をじっと見ている。

「こうしてると鼻の血管が抑えられるんですぐ止まるんスよ。
全く立花さんって専門分野の知識は凄いのになんでそんなに生活の知恵とかは知らないんスか。
日常生活歩んで来てますか?ホント心配になりますよもう。
…いいから黙ってこうしてて下さい」

それ以上喋ると私の鼻を押さえた杉浦の手首辺りに私の呼気が当たりそうで、私はただ黙って従った。
抑えられながら、きっとこの後輩から私は世俗離れた変な男だとでも思われているんだろうなあ、とぼんやり思った。
杉浦の白衣姿を後ろから見ていたらつい…だとか、
杉浦の指が触ってたら止まりそうにない、だなんて世俗がましいことを言ったら、
私の世話役みたいなこの後輩は、一体なんて返してくるだろうか。