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絶対絶命

大変だ。夢なのに頬をつねっても痛い。
というか、頬をつまめてる。指がある。毛が無い。
他にもおかしいことがありすぎて訳がわからない。
辺りをきょろきょろと見渡していると、見たこともない人間が驚いた顔をしていた。
いや、違う、鏡だ。

「…嘘だ」

話したかった言葉だ。アイツと同じ言葉、俺の声だ。
俺、人間になってる。
嬉しいけれど、けど。状況をアイツに言って信じるのだろうか。
信じるわけが無い。いつも聞こえていたテレビもラジオも、
猫が人間になったニュースを報じたことは無い。
無理だ。絶体絶命だ。
せっかくのチャンスなのに、駄目だ。
チャンスでもない、これは寧ろピンチとしか言えない。

「今、何時だ」

午後8時前。そろそろアイツがバイトから帰ってくる。とりあえず服くらい
アイツの服を拝借し、少し緩いと重いながらも苦労してボタンを留めた。
落ち着いて鏡を見てみると、なかなかの顔立ちだと自画自賛してみる。
もとが猫だからか多少目がきついものの、年相応の可愛さもある。

と、見とれている場合でもない。
アイツが帰ってきて不法侵入だとか騒ぐ前にここを出て行かなくては。
寝ている頃に戻って俺は廊下で寝たりしていれば、朝には戻る、だろう。
確証は無いけど。
靴のサイズは合うだろうか。そしてこの不慣れな二足歩行に慣れるだろうか。

「ただいまー…って、ええええ!?」

ウォーキング練習をあわただしくしているところに、アイツが帰って来てしまった。
やばい。やばい。驚いてる。怖がらせてる。
窓から飛び降りることは、猫の体だったらできるだろうけど、人間の体は脆いから。
そんなこと絶対出来ない。しぬ。
走れるかわからないのに走り出して、案の定転びそうな俺を、アイツがゆっくり抱きしめた。
オマエ、意外と力あるんだな。
高校のとき野球部で万年補欠だったくせに。
ばたばたと動いてもまったく離してくれない。

「お、まえ…あ、あ、成功だ。おまえの匂い。リオの匂い。…うっそだろ、俺すげえ。凄すぎ。レポートは駄目だけどやっぱり俺、実験なら出来る子だ。」

「何が成功だ馬鹿野郎。離せ離せ。」

「リオ、おまえ口調が可愛くない。でもリオだ。俺の大好きな猫。」

いつものように、いつもと違う頭をくしゃくしゃと撫でる。
俺の好きなように、やわらかく。気持ちよいように。

「こうやっておまえの声聞くの、夢だったんだよ。超幸せ。今度は長持ちっつーか、もう永久に変身できる薬作るから、待ってて。」

「オマエ、そんな余裕ねえだろ。いっつもレポート提出前日に慌ててるオマエが。」

「いいから任せて。おまえが欲しかったんだよ。」

「俺、がオマエを好きになるかなんてわかんねーだろ。」

「頼りないところ全部知ってると思うけどさ。リオが知らないところだって沢山あるんだよ。」

頭を撫でることだけでは足りないのか、嫌がる俺を無視して頬やら首、耳にキスしてくる。
唇がこんなに軟らかいなんて知らなかった。
そこは弱音やら俺に語りかけることだけしか出来ないと思っていたのに。
言葉と同じような優しさを持っているとは。

「だから、好きになって。頑張るから。」

「知る、かよ。」

「朝までしか持たないからさ、お願い、添い寝させて。夜行性だとは知ってるけど。」

いつもベッドに連れて行くくせに。何で今日だけ丁寧に、しかも目をまじまじと見て聞くんだよ。
それに、オマエ、ちょっと待て。

「風呂はどうしたんだよ。歯磨いたりとか。そもそも着替えとか。」

「あ、忘れてた。」

「それで朝に困るのはオマエなんだからな。」

「焦りすぎた。ごめんごめん。一緒に入ろうか。」

「狭いだろ、二人じゃ。」

「狭いからいいんだよ。それで着替えて、歯磨いて、ごろごろしながら話そう。
どうやってリオを人間にしたのか、教えてあげるよ。」

いつも繋げなかった手を繋いで、指を絡め合って、確かめ合う。
ここにオマエがいるんだって、いつもより深く感じるよ。

「おいで、愛してるよ。」

そんなに優しく他の誰かにも語りかけるのかな。
手を繋いだことも沢山あるんだろうな。
俺は初めてだよ。ずっとオマエがいいよ。
ずっとこのまま一緒に居たいよ。
だから、このままでいさせて
「うん」

こうやって返事をさせて。意味のある言葉を発したい。会話をしたい。
もっと手を繋ぎたいし、抱きしめたいよ。
今度は俺から言わせて。今のうちに。今だけしか言えないみたいだけど、沢山言わせて。

「愛してる。」