兄さんの恋人

読書に勤しむ兄を見つめる。
眼鏡の奥につつましく並ぶほどよい長さのまつ毛が、ひらりひらりと瞬くのを飽きもせず見続ける。
兄は一度集中すると、脇目も振らずそれだけに没頭してしまうので、俺が見つめていることに気付きもしない。
週末の夜のくつろぎタイムでありながら、背筋をピンとのばしてダイニングテーブルと揃いの堅い椅子に腰かけている。
やわからいソファはあまり兄好みじゃないらしい。一緒にDVDを見るとき以外に、兄が座っているのを見たことがない。
たまにはだらしなく寝そべってくれれば、普段は触れにくい膝裏から尻へと続くラインを堪能できるのに……。
服の上からゆっくりと、筋肉の動きのひとつひとつさえこの手に刻みつけるように撫でまわしてしまいたいと夢想しつつ、
机につっぷして眠ってるふりのスタンスを崩さず兄を見上げる。
本は相当面白いらしい。
傍らに置かれたコーヒーはとうに冷めており、ひっきりなしに黒い瞳が文字を追って上下している。
眼球の白い部分がチラチラと光り、舐めてみたいと思った。
きっとつるりと硬質でありながら、それでいてぬるく柔らかく舌を弾くのだろう。
涙の味がして少ししょっぱいに違いないのに、たまらなく甘く感じるのだろう。
怒りながらも怯えを滲ませて嫌がる兄を組み敷き、こぼれる涙を存分に啜って、塩辛くなった口直しに
薄い唇をこじ開けてめちゃくちゃに口腔を犯してしまいたい。逃げる舌をどこまでも追い求め、痺れるほどにねぶりたい。
欲望に犯されたあさましい想いを込めて兄の唇を見つめると、ほんのり耳の先が色付きはじめているのに気付いた。
頬がうっすらと血の気を感じさせる程度に染まり、先ほどよりもさらに美味しそうに瞳が熱っぽく潤んでいく。
俺の欲望に呼応するかのように、兄の身体が変化を見せはじめる。
触れてはいない。
ただ見つめているだけ。
それだけで、俺の発情のサインを受け取りでもしたのか、ゆるゆるとほどけていく兄の身体は、まったくの
無自覚であるからこそ穢れなく、無垢な色香に満ちている。
俺が指摘しないかぎり、兄は自らの変調に気付くことはほとんどない。
言及してはじめて、心底驚いた表情を見せる。
自分の身体の変化に不思議そうな顔をして、しかし確実に起きている反応に動揺している兄の様子は、
突き上げる欲求を抑えるのが大変になるとわかっているのに、何度でも見たくてたまらない。
言ってしまおうか、『兄さん、顔赤い』って。『エッチなシーンなんだ?』って聞いてみたい。
眉間にしわを寄せて、馬鹿なことを言うな、って叱られることはわかっているけど、そろそろこっちを向いてほしい。
「――なんだ?」
「えっ」
ふいに声をかけられて、思わず返事をしてしまった。
兄は本から視線を離さずに、淡々としている。
「寝てたかと思えばぼんやりして。どうかしたのか?」
普段と変わらず物静かな態度で、それでいて上気した頬は変わらず色めいていて、ちらりと流された視線に
胸の奥とジーンズの中に切実な痛みを覚えた。
その兄貴然とした鉄面皮を快楽に歪ませて汗と涙と唾液と精液でグチャグチャのドロドロに汚してしまいたい、
などと言えるはずもない。
理性と倫理と常識の塊で、普通という枠組みからはみ出ることを極端に嫌う兄には、とうてい受け入れられるものではない。
長く兄を、兄だけを見つめてきた兄フリークである俺は、兄の性格を熟知している。
妄想が現実になったとき、兄はたぶん、いやきっと間違いなく、死を選ぶだろう。
だからまだその時ではない。
行動に移すのは、兄に恋人ができたとき。そう決めている。
そのときが早く来ればいいと思いながら、このままずっと一緒にいたいと願った。


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最終更新:2010年02月21日 19:47