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勤労感謝の日

どこにだって行ける、何にだってなれる。あの頃の俺はそう信じていた。
目的も決めず、行き先も決めず、心地よく低く響くエンジンの振動に任せ、
ただ目の前に続く道を走り続ける事が出来た。

社会人三年目。
これといった才能も無く、大きな野心も無く、
現実の俺は、ただ大きな流れに押し出されるように
社会人になり、給料を貰い、自分がどこに向かっているのかわからないまま
毎日を過ごしている。

居心地は悪く無い。
今の生活に不満がある訳では無い。

ただ、時々ふと大切な何かを忘れてしまっているような気分になる。
我ながら青臭い感傷だとは思うが、ありきたりな日常から逃れるように、
この連休は久しぶりにバイクに跨り、目的も無いまま遠くを目指す事にした。

首都高を抜けて二時間くらい経った頃だろうか、
交通量が少ない国道の路肩に一台のバイクの前で座っている男が目に入った。
俺は行き過ぎた道を少し戻ってバイクの男に声をかける。

「どうした?」
「あっ、あのガス欠で……」
「学生?」
「はい、大学生で、もうすぐ就活なんですけど今三年生で……」
「そっか大変だな」

今にも泣きそうな顔で途方に暮れていた男が安堵の表情を浮かべる。
ライダー同士、困った時はお互い様だと俺は自分用に携帯していた予備のガソリンを分けてやった。


「あの、本当にすみません、誰もいないし、どうしていいかわからなくて俺……」
名前も告げずにカッコ良く去るつもりが、せめて缶コーヒーだけでも奢らせてくれと食い下がられ
自販機の前で仲良く並んでコーヒーを飲むはめになった。


最後の一口のコーヒーを飲む頃に男がポツリと呟いた。
「どこに行くかは決めて無いんです。ただ遠くに行きたくて何かしたくて……」


あの頃の俺がいた。


「あの、俺これからどうしたらいいんでしょう?」
「は?」
「宿も決めてないし、暗くなってきたし、行き先も決めてないし」
「しょーがねーなー、俺が前に言った宿で良ければ連れて行ってやるよ」

あの頃の俺より少し情けない。だけど、どこか憎めない。

「ありがとうございます!!本当に本当に感謝します!一生ついて行きます!!」
「いや一生はいいからw」
「もうほんとマッサージでも何でもします!」

勤労感謝の日と言っても誰かに感謝される事も無く、
特別な事は何一つ無い。
平凡な社会人の俺だけど、大袈裟に感謝する彼の言葉に
何となく少しだけ大きくなった気がした。

馴れない彼のスピードに合わせながら、
こうして二台並んでゆっくり走るのも悪く無いなと、
俺はどこまでも続く道の先に向かって走り出した。