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花火

 高層マンションで見る花火は素晴らしい。
 必死になって場所を取らずに済むうえに、人込みも気にしなくていい。
 革張りのソファに座りながら、私は優越感を覚える。これに酒があれば最高だった。
 夜空に咲き誇る花達に見とれていると、ドアの開く音がした。玄が帰ってきたらしい。
「ただいま」
「遅かったな。どこに行ってたんだ?」
 振り向きもせずに問いかける。玄は隣に座り、片手に持っている袋を見せる。
「花火大会だよ」
「花火ならここで見られるじゃないか」
「いや、花火を見ていたら急に食べたくなったんだ」
 彼は袋から次々と中身を取り出した。
 たこ焼きに焼きそば、ベビーカステラやチョコバナナ。様々な食べ物がテーブルに並べられる。
 落ち着いた色合いのテーブルクロスにはいささか似合わない面々だ。
「わたあめも買おうか迷ったんだが……」
「いい年した大人が買うものじゃないだろう、あれは」
「子どもがいっぱい並んでいたからやめたよ」
 玄は目を細めながら、子どもたちの分がなくなったら困るからな、と付け足す。  
 私はチョコバナナを手に取った。表面には蛍光色のカラースプレーがたっぷりとまぶされている。
「きれいだろう?」
「きれいと言うより毒々しいが」
 子どもの頃ならば玄と同じことを思っただろう。
 母にねだってはみたものの、ああいうのは体に悪いのよ、と説教をされた過去を思い出す。
 おかげで屋台で売られているお菓子はほとんど食べられなかった。
 大人になったら絶対食べてやるんだ。幼い頃に抱いた野望はいつの間にか忘れていた。
 チョコバナナをパックに戻すと、玄は不思議そうな顔をする。
「食べるんじゃないのか?」
「気になっただけだ。それにこれは一個しかない」
「分ければいいじゃないか」
 驚いた。まさか甘党のお前からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。
「私は君と食べたいんだ」
「なら二個買ってくればよかったじゃないか」
「最後の一個だったんだ」
 カラフルなチョコバナナはいつの時代も子どもたちのあこがれらしい。
「それなのに子どもには譲らなかったんだな」
 指摘すると、玄は気まずそうに視線をそらす。
「……どうしても食べたかったんだ」
 玄の頬はほんのりと赤くなっていた。微笑ましい、と素直に思った。
 彼はいつまでも童心を忘れない大人だ。それが時に煩わしく、羨ましくもある。
 私はテーブルに並べられた品々を隅から隅まで見てみた。
 りんごあめ、たい焼き、ポン菓子、べっこう飴。
 昔、指をくわえて眺めていたものばかりだ。ああ、どれもこれも懐かしい。
 黙っている私を玄は訝しげに見る。何か言ってやりたいが、上手く口を動かせない。
 その瞬間、花火が打ちあがり、室内をオレンジ色に染めた。
「そろそろ乾杯でもしようか」
 玄は袋からラムネを二つ取り出す。どこまでも徹底した男だ。
「酒じゃないのか」
「酒にチョコバナナは合わないだろう」
「タコ焼きと焼きそばは?」
「口直しだ」
 どこまで甘党なんだ、お前は。
 玄は穏やかな笑顔でラムネを差し出す。私は呆れながらも口元を緩め、ラムネを合わせた。
 ビー玉がからん、と音をたてた。

 革張りのソファに座り、ラムネを飲むながら花火を見る。
 たまにはこんな夜の過ごし方もいいかもしれない。