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受けの奴浮気しやがった

叶うことのない恋だと知っていた。
だから、受け入れられた時には天にも昇る気持ちだった。

そもそも出自も違うし、身分だって違っていた。
俺は厳しい環境で育った野良で、あいつは古くから伝わる由緒ある血筋だった。
毎日喧嘩ばかりして、その日食うものを得るにも必死で、
そうやって毎日死に物狂いで生きていた俺と、日々の生活に何ら不自由のない血統書付きのあいつ。
俺が喧嘩でずたぼろにやられて息絶えそうなところをあいつが見つけてくれなければ、
あいつの家が俺を御庭番として雇う事がなかったならば、俺は今頃こうして立っていることなどなかったに違いない。

だから、俺はあいつに感謝していた。
いくつになっても体が小さくて、俺に懐き付き纏って来るあいつを、俺の全てで慈しんでいた。
それはいつしか愛情に変わり、そしてあいつもそう思ってくれている事を知った。
俺達は同性で、幾ら睦み合おうとも子を成す事は出来ない。
それでも、良かった。
あいつが俺を見て「好きだよ」と言って笑う、その遣り取りだけで満たされていた。

なのに。
あいつが今日この家を出ていくことを、朝、初めて知った。
そりゃあ前からお見合いをしていたことは知っていたし、それにほとほと参っている事もわかっていた。
「君以上に良い相手なんて、この世にいる筈ないじゃないか」と言って、あいつは笑っていた筈なのに。

いつから他の奴に、あいつは心を奪われていたのだろう。
こんなに傍に居たのに、飽きるほど傍に居たのに、気付くことが出来なかった。
それが悔しくて、気付くことの出来なかった自分が情けなくて、堪らない。

俺の異変を感じた家の当主が、宥める様に俺の頭を優しく撫でる。
仕方のないことなんだ、と当主は俺に向かって言った。
その血統を守るために、あいつは子を成す義務があると。

それでも、相当渋っていたあいつが選んだくらいだ。
俺なんかよりも途轍もなく魅力的で、美しい奴を、選んだのだろう。
所詮あいつも男だったということだ。

ただ、一緒にいることが出来れば。
ただ、あいつが隣にいるというそれだけで。
俺は、幸せだったのに。

一言も言葉を交わす事無くあいつは車に乗り込み、そして車は発進した。
遠ざかっていく車を追いかけることも出来ず、ただただ見詰めることしか出来ない。

後ろの座席からこちらを少しだけ見ている、あいつの名前を呼ぶ。
俺の声は、わん、という音になり、朝の空気にゆっくりと溶けていった。