※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

男の娘受け

「ですから」
楓は、困惑したように眉を寄せた。
「僕は普通の男なんですよ。こんな格好をしていますし、顔も父よりは母似ですが」
「知っている」
そう言うと表情が歪んだ。警戒の色はますます濃くなる。
「知ってるのなら尚更……本気なんですか、僕を『娶る』だなんて」
「分家風情は、本家の命令には逆らえんのさ」
「そんなのおかしいです」
言いながら後ずさろうとするが、その後ろにはもう壁が迫っている。
向こうもそれに気付いたのか、一瞬だけこちらから視線が外れた。
その隙に距離を詰めて、手首を掴む。「痛い」と小さく漏れた声は無視して、その手をじっと眺めた。
「細い腕だ。色も白い。今このときでも、女だと言われたら信じそうになる」

子供の頃に一度だけ、楓を見たことがある。
父に連れられて、旧正月の挨拶をしに本家を訪れたときのことだ。

――あそこにいるのが本家の紅葉ちゃんと楓ちゃんだ。一緒に遊んで来るか?

父が指した先の部屋には『女の子』が二人いた。二人はお揃いの着物を着て、人形遊びをしていた。
そのときは、自分は男だから人形遊びなどしないと言った。父は残念そうな顔をした。
子供心に、ああ父は本家の姉妹に自分を近づけたいのだな、とわかった。
子供なら無邪気さを盾に、本家も分家もなかろうと考えたのだろう。
結局、姉妹とは一言も言葉を交わさないまま家に帰った。
あれが『姉妹』ではなく『姉弟』だと知ったのは、それから随分後の話だ。
彼とはそれ以来、十数年振りの邂逅だった。

「――離してください!」
思いのほか強い力で振り払われそうになって、我に帰った。
慌ててすぐに手を離したのだが、楓は強く睨みつけてくる。
「貴方は本家の命令なら何でもきくんですか。女の格好をしてる男を本妻として迎えるなんて正気じゃない」
「まあ、自覚はあるさ。だが俺を正気じゃないと言うなら、お前の母親はどうなんだ?」
そう言った途端、楓の表情が強ばった。


本家に生まれた男子はまず女の格好をさせるのが、家に伝わる古くからの因習だった。
大事な男子を『外側のモノ』に気に入られて連れ去られないため、だとされている。
しかしそれは幼い頃だけの、形式上の話で、成長してもなお引きずる類のものではない。
だが、目の前にいる楓は今も女物の服を着て、黒髪も美しく伸ばしたままだ。
殆ど日に当たっていないのか肌は透けるように白く、身体つきも華奢だった。

「跡取りとして育ててきた息子をこのまま分家に『嫁がせる』、突然そんなことを言い出したのはお前の母親だ。違うか?」
静かに問うと、楓は苦しそうな表情になって目を逸らした。
「お前にしても同じだ。因習だかまじないだか知らないが、お前の言うとおりこの件は普通じゃない。
だが俺に拒否しろと言う前に、お前が拒めばいい話じゃないのか。なぜそれをしない?」
「それは…」
「何があった。………なぜ、お前の姉は死んだ?」
胸の内にあった疑問をぶつけてみたが、答えはない。その代わりのように
「母さんは、もう正気じゃありません」
と小さな呟きが返って来た。
そして更に細い声で「きっと僕もおかしくなっているんです」と続く。
さっきまでの勢いは消え、弱々しく顔を伏せる楓は、やはり見目は女のようだった。
「似ているな」
無意識に漏れた呟きに、楓が「え?」と顔をあげた。ひどく無防備な表情だった。

――本当によく似ている。紅葉に。

そう思った瞬間、抱き寄せて唇を重ねていた。
楓の身体は強張ったが、なぜか抵抗はない。逆に力が抜けたように、こちらに寄りかかってくる。
ほどなくして唇を解放して、楓の耳元で囁く。彼に、そして自分に言い聞かせるように。
「俺はお前を娶る」
自分でもどうかしていると思う。
しかし、目の前のこの男を手元に置きたいという思いは本心だった。
ただ、その思いが、数ヶ月前のあの電話の所為だけなのか、既にわからなくなり始めていた。

――もしも私に何かあったら弟を……楓を、どうか助けて。お願いします。