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「未来で待ってる」

有り余る金も権力も、お前の生命のろうそくを伸ばすことはできなかった。
余命半年となった時、今まで一度も我侭を言ったことのないお前が言った。
「コールドスリープって知ってる?」
「冷凍睡眠ってやつだろう?今は、血液を特殊な液体に入れ替えて、
細胞の状態をできるだけ維持して凍結するところまで技術はすすんでる
んだっけ?」
「よく知ってるね」
「病人が死んでから遺体を凍結するサービス会社もあるな。治療方法が
開発されたら解凍して復活するって触れ込みで...お前も、そうしたいのか?」
「その会社のやり方はね、僕は納得して無いんだ」
「納得してない?」
「死んでしまったら、それは死体だから。死体を凍結しても、解凍したら解凍
された死体になるだけだと思う。...だからね、お願いがあるんだよ」
「まさか....」
「僕が死なないうちに、僕を凍結してほしいんだ」
「それは、法律的に無理だろう!」
「いくらでもやり方はあるだろう?君ならできるってわかってるよ」
ああ、できるだろうよ。できるけど...
「俺に、お前を殺せというのか?」
「死ぬんじゃないよ。僕の時間が止まるだけ。治療方法が開発されるまで凍結
して欲しいわけじゃないんだ。ただ、君が死んだら、そこで解凍して一緒に葬って
欲しいだけなんだ」
お前は俺の目を覗き込みながら言った。
「君を残して死にたくないんだよ」
「俺を残して死にたくないだけか?なら、お前が死んだら俺も死ぬから...」
「ダメだよ。君は天寿を全うしなきゃ」
「我侭なんて初めてなのに、とんでもないことを言ってるな」
「最初で最後だからね」
ああ、俺がお前が本当に望むことを断れるわけがないんだ。
「俺が天寿を全うして、お前が俺より先に死ななきゃいいんだな?」
一応念を押す俺に、お前は頷いた。

君は僕の我侭を聞いてくれた。
僕は命のろうそくが尽きる前に、冷たい眠りにつくことになった。
死ぬ前の凍結は、つまり、「死んでいない」ということなのだと僕は主張した。
「死んでいない」と僕が主張すれば、「天寿を全うしろ」という「死んでいない
僕の言葉」を君はきっと守ってくれるに違いない。ずいぶんセンチメンタル
だとは思うのだけど、こんな枷でもはめておかなければ、君は僕の後を追って
死にかねないから。それほど僕を愛してくれていることを僕は知っているから。
僕は本当に、君に天寿を全うして欲しいと思っているんだよ。
だから、予定よりちょっと早く眠りにつくくらいなんでもないんだ。

冷たさを感じなくて済むように、僕は最初に麻酔をかけられることになっていた。
これが、君の顔を見る最後になるんだな。
「約束、守ってくれよね。天寿を全うするんだよ」
「わかってるよ」
僕の言葉に君が頷く。
麻酔医が僕の口に麻酔マスクをつけようとするのを重い手で遮り、僕は最後の
一言を口にした。
「君の全てを愛しているよ」
君は涙をこらえて「俺もだよ」と返した。
麻酔医の手が僕の口をマスクで覆い、ほんの数呼吸で僕の意識は暗い淵に
滑り落ちていった。
その途中、君の声が聞こえた気がした。
「未来で待ってる」

「聞こえますかー?」
遠くから女性の声が聞こえる。あれ?麻酔のききが悪いのかな?
「き...聞こえます」
「声も出ますね。意識を眠らせているうちに、EMSでリハビリの筋肉運動も済んで
います。安心して目を開けてください。朝起きたのと同じくらい快適に起きられますよ」
目を開けると、見たことの無い看護婦が僕を覗き込んでいた。その格好はまるで
ナイチンゲール。頭には赤十字のナースキャップつきだ。
「...ナイチンゲールのコスプレ?ずいぶんレトロだね」
「あら。時代考証間違えましたか?コールドスリープに着いた時代の風俗を再現した
つもりだったんですが」
「....へ?」
「ようこそ、25世紀へ。あなたの病気の治療法は22世紀には開発されていたの
ですが、21世紀初頭の冷凍技術で冷凍されたあなたを安全に解凍するための技術が
開発されるまで今までかかってしまいました。今のあなたは、完全なる健康体です。
冷凍される直前までの記憶も完全に保持されているはずです。...ですよね?」
「あ?」
「眠るまでの記憶に、変なところはありませんね?」
「あ、はい」
「よかった。お連れさまがお待ちかねです。お呼びしますね。お待たせしました、
無事意識を取り戻されました。お入りください」
後半のセリフを何故か左手の小指に向かって彼女がしゃべると、白いカーテンの
向こうから一人の男が顔を出し...

「...君? なんか、ちょっと老けてない?」
「ああ、俺だよ。お前が凍結されてから、いろいろ下準備をして俺が眠りに着くまで
9年ちょっとかかったからな。渋い良い男になったろう?」
にやりと笑う表情は、間違いなく君のものだ。
「ちょっと待ってよ、どういうこと?」
「お前を凍結してから俺は、コールドスリープ技術の研究とお前の病気を研究する
医療機関、それらに資金提供をする基金を設立して、安全な解凍技術を確立した
研究者への多額の賞金を用意したんだ。お前の病気を治療して、俺とお前を安全に
解凍した場合、基金の元金は賞金としてその研究者に支払われる。あの時点での
俺の残り資産全部だ。相当なもんだったぞ。で、準備を整えて、俺も生前凍結した
わけだ」
「天寿を全うするって約束したろう!?」
「全うするよ、これから。だいたい『生前凍結は死ではない』と定義したのはお前だ。
文句を言われる筋合いは無い」
「無茶苦茶だよ。もしも解凍技術が確立されなかったらどうするつもりだったんだよ」
「お前の隣で、永遠に『死なない』ってのも悪くないと思ってね」
「...馬鹿だな君は」
「馬鹿で結構。こうやって健康なお前を抱きしめられたんだ、いくらでも馬鹿にしてくれ」
ぎゅっと君は僕の体を抱き締めた。
眠りにつく前の、壊れ物を扱うようなおずおずとした抱擁ではなく、抱きしめた腕から
君の喜びが伝わるような。
「本当に馬鹿だ」
僕の喜びも伝わって欲しいと思いながら、僕は君の体を抱き締め返した。

「でもねえ、25世紀だって?この部屋の外がどんな風になってるか、見るのが怖いんだ
けど?しかも、君、一文無しなんじゃないの?」
「それがだな。俺たちが寝ている間に、宇宙工学が発達して惑星間航行ができるように
なったんだよ。でも、ワープ航法はまだ開発中で、コールドスリープの技術が宇宙開発に
必須になってだな。俺が作った研究所は特許取り捲ってウハウハ。さらに、法律が整備
されて、生前凍結者は生きているものとして扱われることになったんで、凍結前の俺の
名義のものは俺のもの、ということになったらしい」
「ということは?」
「生前凍結前以上の金と権力が、現在俺にはあるらしいですよ?さあ、健康な肉体と
有り余る金と権力、どう使う?」
「僕は何も要らない。君だけで良い」
君は嬉しそうに笑って、また僕をぎゅっと抱き締めた。