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君と会うのはいつも真夜中

「働いてくれ」
唐突にそういわれて、金髪の男は呷っていたビールの缶を取り落としそうになる。
いつものようにいとしい恋人より少し前に起きて、ビール片手に朝食と弁当を作っている最中の出来事だった。
「いつもそばにいてお前を愛してんのが俺の仕事だよマイハニー」
「冗談じゃない、真面目に聞け」
思いつめたような目をして、ハニーと呼ばれた眼鏡の青年は低い声を出した。
昨夜のとろけっぷりが嘘のようにハニーの顔に浮かぶのは怒りと哀しみと憤りだけで、愛しい唇からは最ついに終通牒が下された、
「働け、じゃないともう俺はお前と一緒にいられない」
まるで無職の夫と働く妻。いや変わりないか、共に暮らす働く男と無職の男、二人は恋人。
「オーケイわかったよ。働くよ、そうしたら今までどおりだ、別れるなんていわないでくれ」
金髪がそういうと、眼鏡は緊張の糸が切れたようにほろほろと泣き始めた。
全く別れ話を切り出したほうが泣くなんてどれだけ思いつめてたんだとあきれるばかりだった。
しかしのどを鳴らしてひくひくあえぐ様は非常にに愛らしく、金髪は朝食そっちのけで恋人を抱きしめた。

髪の毛を茶色に染め変えてそれっぽいスーツをきて求職に出れば、持ち前の対人スキルの高さも相まって金髪改め茶髪はあっというまに就職先を決めた。
まあ真っ当ではない企業だったが、もとより堅苦しいことは嫌いだったし、飛び込み営業だってこなせる自信のある男にとっては気になることではなかった。
なにより、恋人が非常に喜んでくれたのが嬉しかった。付け加えるなら、その後の仲直りの情事は最高だった。

しかし、新しい暮らしには大いなる破綻が潜んでいた。
すれ違いすれ違いで二人の時間が全くないのだ。
かたや空港づとめで早朝から夕方まで勤務し、夜は明日のために早めに就寝する男。
こちら半ブラック企業の下っ端営業で、連日残業接待で終電帰宅の男。
さらにサービス業ゆえ不定休な職場と一応土日休みの事務所勤務。

深い息をして眠る恋人の眼鏡のない眉間をつつくと、むーとかわいらしい声をあげた彼は鬱陶しげに恋人の手を払った。
眠るベッドは一つだからいつも夜は恋人の体温で温まったベッドにもぐりこんで、朝は恋人の寝ていたシーツの凹みを抱いて起きる事になる。


据え膳も良いところだ、だが、恋人はオーバーワーク気味なので、真夜中は運動の時間ではなく睡眠の時間に充てないといけない。
「これって、俺、働かないほうが良かったんじゃねー?」
ふと、そんな言葉が口をついて出る。だって、もう恋人の裸も、途切れる声も、うすぼんやりとしか思い出せない。
社会的には満たされた状態であるが、今のほうがレンアイ的にはよっぽど別れフラグじゃないか。
もっと話したり笑いあったり喧嘩したり抱き合ったりしたいよマイハニー。
そうささやいて、明日営業周りのをこなすため、茶髪は眠りについた。

「おかえり」
「…起きてたのか」
悶々としていたある日、23時過ぎに帰宅した茶髪は恋人の出迎えに思わず間抜けな一言を返してしまった。
「起きてるよ、だって俺明日休みだし」
鞄を受け取った眼鏡は、軽い足取りで奥に引っ込んだ。何か良いにおいがするので、夜食でも作っていてくれたのだろう。
起きて動いている恋人を見れただけで少し幸せになっている自分を不憫に思いつつ、茶髪は眼鏡の作った暖かな煮込みを口にした。
「おいしい?」
そういいながら、眼鏡はそっと恋人の隣に腰掛けた。
「お、おう」
滅多に自発的に接触してくることのない恋人の意外な行動にどぎまぎしつつ、男は箸を進める。
すり、と体を摺り寄せ甘えるように肩に頭を乗せて、眼鏡はくふくふと幸福そうに笑う。
その振動がくすぐったくて、愛おしくて、箸を放り出して男は恋人を膝に抱きかかえた。
「なんだ、妙に甘えるじゃねえか」
「幸せなんだ」
向かい合う姿勢で抱えられているから、そのまま眼鏡をはずして額をくっつけ、恋人におもいっきり甘える。


「まさかお前がこんなにまともに働いてくれるとは思わなくて。夢みたいだ」
「俺はやれば出来る男なのー」
「働けって言うのも俺のエゴじゃないかって、押し付けじゃないかってびくびくしてたのに」
「いや正直、俺も持たないかなーと思ったんだけどよ、働いて帰ってくるじゃん。
そしたら寝てるけど絶対お前がいるから、なんか良いなーと思って」

今までは、なんとなく同居している友達という感をぬぐえずにいたが、働き始めて愛しい人の待つ家に帰る喜びがわかったっつーか。
世の中の新婚の皆様、または結婚してよかったと思っている方々のキモチが理解できたというか。
そんな風に口ごもると、眼鏡はばか、と真っ赤になってぎゅっと抱きついてきた。
そしてそのまま恋人たちは情熱的な一夜を過ごしたのである。

君と会うのはいつも真夜中、そんな生活も悪くはないのかもしれない。