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キスだけで受けをイかせてみて

「これで三度目ですか」
小さなテーブルを挟み、ほとんど埋められた調書を前に警察官の男は運転手の男に言う。
「はい。以前もお会いしましたね」
「ええ。前二回の聴取も自分が担当でした」
小さなテーブルに置かれた運転手の制帽の脇にある紙コップを口元に運び、運転手の男は冷めかけた中身を軽く啜る。
「全く、何を好き好んで電車とキスでもしたいんだか」
制帽の傍らに紙コップが注意深く置かれ、その右手が上までボタンでとめられた制服の襟元を投遣りな風に緩める。
「因果な商売ですね」
「まあそれは警察の方も。ああいったものを扱わなければならないお仕事なのですから」
「お互い様って奴ですか」
小さな部屋に二人の短い溜息の音がする。
「何ですかね、全国の電車の運転手一人が一生仕事をしていてこういうのに出くわすのは、平均していったいどれぐらいになるんですかね」
「すみません、こちらも不勉強でそこまでは」
「いや、いいんです」

警察官の男は軽く視線を落とす。運転手の男は言葉を続ける。
「中にはトラウマでこの仕事を辞める奴もいるそうです。直前に目が合ったとか、飯が食えなくなったとかで」
「そうですか」
「でもね、俺は辞めたくないんですよ」
「そうでしょうね」
「子供の頃からの夢でね、こう言っちゃなんだけど、結構頑張ったんです、俺」
警察官の男は自分の制服に、嘗て抱いていた憧れのようなものを思い起こそうとする。
「俺全然向いてないんですかね、この仕事」
「向くも向かんもないでしょう。貴方個人に関係あることじゃない。……死にたい奴は死なせてやればいい。俺はそう思うし」
「警察の方からそんな言葉が聞けるとは思わなかった」
小さなテーブルを挟んだ異なる制服に身を包む二人の視線が合う。硬い空気が緩み、表情が緩む。
「すみません、ここだけの話ということで」
「分かってます」
運転手の男は再び紙コップを手にし、ほとんど冷めた中身を軽く啜る。
「でも俺が運転手を続ける限り、いずれまた貴方に会うことになるんですかね」
「貴方の電車にキスしようとする輩が存在する限りは、そうなるんじゃないですか」
小さなテーブルの上で、制服姿の男の乾いた唇とインスタントコーヒーの香りのする唇が軽く触れる。
「天国行きのキスです」
「そのようですね」
異なる制服姿の、近づけられた二人の顔に微笑が浮かぶ。問い掛けのような約束。
「また会えますかね」
「ええ、きっと」