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それは僕のペンだよ!

「ペンは剣よりも強しってね」
 もう何百回聞いたか知れない。
 やっとさっき原稿が上がったといって、三か月連絡一本よこさなかったことを悪びれた様子もなく、恋人は夜中ウイスキーを片手に家にやってきた。
 こっちの都合はおかまいなし。
 とにもかくにも平日の夜中だ。明日仕事だからといって聞くわけもなく、一人で酒を飲みだした恋人は早々に出来上がっているようだった。
「ああ、福沢諭吉だろ」
「なんだ、知ってるのか」
 知ってるもなにも、酔うと毎回言ってるだろ。

 文筆家としては確かにちょっと名は知られているかもしれないが、恋人にするにはプライドが高くワガママで疲れる男だ。
 奥にある可愛げに気づかなければ、ただの嫌なやつで終わってしまうタイプだ。
 眠い目をこすっていると、「ちゃんと話を聞け」と怒られた。
「はいはい、聞いてる聞いてる」
「聞いてない! 大体君は恋人がこんな遅くに会いにきているっていうのに、愛が足りないんじゃないか」
 愛。愛ねえ。
 とりあえず恋人を引き寄せて、耳に唇を寄せてみる。
「これで満足?」
「そういうことじゃない!」
 これだから君には知性が足りないだの文学がどうだのとわめく恋人を抱きしめると、シャンプーの匂いがした。
「俺に会うのに風呂入ってきたの?」
「ち、ちが…っ」
「違わないでしょ。……ベッドに行こう」
「僕は話をっ! しにきた…んだ…っ」
 髪に唇をはわせると肌がやわらかくなっていくのがわかる。
 それでも精一杯抵抗しようとする恋人を組み敷くと、泣きそうな顔で恋人は「話を聞いてくれ」と訴えた。
「なに」
「……君は僕のペンだ」
 それを言いたくて、たまらなくなって来たんだ。
 夜中に悪かった、と恋人は腕の中でうつむいた。