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アスリートでライバル同士

 その日、退部届けを出した。

 玄関で靴を履いていると、いつの間にか杉田が俺のすぐ目の前に立っていた。
 おい、まだ部活中の時間だろ? 陸上部期待のエースがこんなところで油売ってていいのかよ。
「なあ木下、お前……」
 ぜいぜいと息を荒げているのは、きっと向こうのグラウンドから一直線に駆けてきたからなんだろう。
 いつも後ろから見るしかなかった、流れるような綺麗なフォームで俺の所まで真っ直ぐに。
「ん?もう聞いたのか?」
「聞いたのか、じゃねーよ! 何で部活辞めちまうんだよ! もうすぐ県大会あるんだぞ! 俺とお前どっちが選手に選ばれるかって競い合ってた仲じゃねーか! なのに何で!」
 真っ赤な顔で噛みつくように俺に向かって怒鳴る姿に、ああコイツ理由聞いてないんだなと気付くのは容易だった。
「……脚」
「え?」
「脚、怪我したんだ。だからこの一週間程学校に来れなかった。まあたいした怪我でもないけどこれじゃ練習出来ないし、そしたらお前に勝つことなんてもう絶対無理だからな」
 どうせ大会終われば引退だし、と一言加えて身体を起こす。
「お前まだ練習残ってんだろ? 県大会、俺の分まで頑張ってくれよ。な?」
 立ち尽くしたままの杉田の肩をぽんと叩いてそのまま出て行こうとしたけど、次の瞬間強い力が腕とそして背中にかかった。
「……んで、何でそんな簡単に割り切れんだよ! 俺、お前と走るの楽しみにしてたのに! まだ時間あるじゃねーか! 怪我治して、それからでもまだ間に合うだろ! なあ!」
 ぎゅっと強く抱きしめられて、一瞬言葉に詰まったけれど。
「……ごめん」
 それだけ言うのが精一杯で、俺はそっと杉田の腕を振り解くと一度も振り返らずに学校を後にした。
 頼むから、無茶なこと言わないでくれよ。
 一度たりともお前に追いつけなかった悔しさを、もうこれ以上は知りたくないんだ。
 本当は、ずっと誓っていたことがあるんだけれど。
 お前に追いつき、追い越せたなら、その時絶対言ってやろうって誓ったことが。
 けれども俺は走るのを辞めてしまうから、これから先はお前にずっと追いつけないから。
 だからもう、俺はお前に言えないんだよ。

 ずっとずっと昔から、お前のことが、好きだったって。