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いい夢見ろよ

何かが布団の中に滑り込んできた気配に目が覚める。
玲人だ。
「どうした?」
尋ねる俺の体を、小さい手でぎゅっと抱きしめた。

両親が死んでずっと親代わりだった兄貴が、嫁さんと一緒に事故で死んで半年。
遺された小学3年生の玲人は他に引き取る人もなく、俺が面倒見ることになった。

幸い、賢明な兄貴達は合わせて6千万の生命保険をかけていたし、ローンを組んで
立てたばかりの家も団体信用生命保険のおかげで玲人に残された。
家もあれば当面の生活費養育費もあるので、金銭的には問題は無い。俺の職場に
通いやすい場所だったのも良かった。
兄貴が「この家はお前の実家でもあるんだ。ここがお前の部屋だからな。いつでも
帰ってきて良いんだぞ」と用意してくれていた部屋に少ない荷物を運び込み、玲人の
学校や俺の仕事を変えることなく、俺達は同居生活を始めることができた。

義姉さんの教育のたまものか、玲人はとても良い子だった。
出したおもちゃは片付けるし、家での仕事だったらしい風呂掃除もきちんとする。
一緒に買い物に行っても「あれ買って、これ買って」なんていうわがままも言わないし、
電子レンジでする簡単な料理のレパートリーのいくつかも持っていたりする。
おかげで俺は、ずいぶん楽に子供の保護者をさせてもらっているのだが。

枕元の読書灯を手探りで点ける。無段階調節のつまみで、まぶしくない程度の明かりを
確保し、俺は玲人に話し掛けた。
「怖い夢、見たのか?」
俺の言葉に、玲人は俺を抱きしめる手にぎゅっと力を入れて首を振った。
子供の高い体温が密着した小さな体から伝わってくる。
玲人がこんな子供っぽいことをするのは、俺がこの家に引っ越して来てから初めてだ。
あれ?と俺は思った。
子供っぽいって、こいつはまだ子供で当然じゃないか。
俺は玲人を抱き寄せて言ってやった。
「今日は一緒に寝るか」
玲人は顔を伏せたまま頷いた。

玲人の肩を抱き、昔兄貴がぐずる俺にしてくれたようにぽんぽんと同じリズムで優しく
体を叩いてやっていると、やがて玲人が口を開いた。
「おじちゃん」
「ん?」
「僕、良い子だよね?」
ははん。
俺はぴんときて言ってやった。
「ああ、良い子だ。玲人は良い子だよ」
俺が両親を失ったのは俺が小4の時で、俺は「良い子にしていれば神様が両親を生き
返らせてくれるかもしれない」と良い子になろうと努力した。結局、その努力は宿題忘れ
という失敗をきっかけにわずか1ヶ月で無駄になったが、授業の始まりに宿題を忘れた
ことに気づいて当たり構わず大泣きしてしまったくらい、俺は真剣だったのだ。
きっと玲人もそんなことを考えて、がんばって「良い子」をやっているのだろう。
玲人は俺の言葉に、顔を上げ、ほっとしたように笑った。
「おじちゃんは、死なないからね。大丈夫だからね」
はいいい??

「僕、神様にお願いしたんだ。わがまま言いません、お手伝いもします、良い子にします、
だから、おじちゃんは連れて行かないでくださいって。僕、良い子だよね?悪いことしてない
よね?だから、おじちゃんは大丈夫だからね」
ああ、何て子供だよ。俺とは大違いじゃないか。
兄貴と義姉さんの死を不可逆なものとしてきちんと受け止める強さと、俺を守りたいという
優しさ、それを実行し通す意思を持っている。
「そうか、なら大丈夫だな。ありがとうな」
俺が言うと、玲人は安心したように笑い、俺を抱きしめていた手をやっと離した。
「さ、明日も学校だぞ。寝るぞ寝るぞ」
「うん」
読書灯の灯りを消し、玲人の体に布団を掛けなおしてやる。
「おやすみ。いい夢見ろよ」
「おやすみなさい」
やがて、小さな寝息が聞こえてきた。
その寝息を聞きながら、俺は絶対に玲人を守ってやるのだ、兄貴と義姉さんの代わりに
こいつを一人前の男に育ててやるのだと、もう一度心に誓った。