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1cm

しこたま飲んで酔いが回り始めると、シュウはいつも決まってこう言う。ごめんねえ、と。
「ごめんねえ、またクビになっちゃった」
僕の知っている限り、シュウがバイトをクビになるのは今回で四度目。僕の部屋に転がりこむ前も数えたら、一体何回になるのだろう。いつも誰かと喧嘩をしては啖呵をきって辞めてきてしまう。
リビングに散乱するビール缶をごみ袋へと入れながら、僕は酔っ払いの覚束無い言葉へ返事を返す。
「いいって。家賃だってちゃんと半分入れてくれてるんだしさ、僕は何も困ってないよ」
「だって、俺がいたら、彼女も部屋に呼べないっしょ?」
そしてまた、ごめんねえ。
そんな、もうほとんど眠りに落ちかけているシュウに、苦笑いを浮かべた。
「そんなのは僕に彼女が出来てから心配してよ」
彼女なんて大学以来いたためしがない。
「俺のことは、いつでも追い出していいから。だから良い彼女作れよな」
「はいはい、ありがとね。分かったからもう寝なよ。毛布持ってくるから、ね」
綺麗になったリビングを見渡して溜め息をつき、寝室へ毛布を取りに行く。絨毯の敷かれていない部分のフローリングは、驚くほど足先に冷たかった。
暗い寝室に電気を点け、押し入れから寝具を引っ張り出して、柔らかい毛布へ顔を埋める。
泣いてしまいたかった。
シュウに僕の心の内なんて、何一つ伝わっていない。
高校時代からずっとシュウが好きだった。不毛な恋をしても仕方がないと恋人を作っても、辿り着くのはシュウへの気持ちだけだった。
それなのになあ。
報われることなく、シュウとは平行線の友達のまま。交わって傷つくことも、触れ合うこともない。
リビングへ戻るとシュウはソファーに体を折り畳んで眠っていた。
音を立てないようにソファーの前まで行き絨毯へ跪く。薄いシャツを着た肩まで毛布を掛けてやると、シュウの小さな寝息が聞こえた。
すうすうと安らかな寝息。
僕はシュウの顔へ自分の唇を寄せる。そして、僅かな隙間を残して、そっと呟く。
「好きだよ」
好きだ、シュウ、好きなんだ。
僕はシュウの心を動揺させたくない。この居心地の良い友情を壊してまで、シュウに気持ちを伝えることなんて出来ない。
結局のところ僕は、こうやって最後の1cmを踏み越えられない臆病者なのだ。
ごめんだなんて僕の台詞だろう。
ごめんね、僕はシュウが好きなんだ。だから、シュウが思っているような友情を、僕は思えない。
「好きだ」
小さな小さな声は冷たい部屋にひっそりと消えていく。
臆病者の想いに相応しい、うらぶれた墓場だと、僕は泣きながら笑った。