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大事な事なので二回言いました

「お前なんて嫌いだ」
お前なんて嫌いだ、と念を押すように俊吾は二回言った。
慌しく一夜の逢瀬を重ね、平日朝、くだり電車には二人以外誰も乗っていない。ボックス席に座り、人目を気にせず二人で身を寄せ合っている。心地よい揺れは普段なら心地よい眠りを誘うものだが、今日ばかりは睡魔はちらとも襲ってこなかった。
「俺のこと、嫌いなの?」
玲一は眼鏡越しに俊吾をちらりと見た。その茶化すような声音に血が上り、俊吾は隣の玲一を睨む。こいつはいつもこんなだ。自分が真剣になっても、子供をあしらうような態度で押さえつけにかかってくる。
玲一の家はでかい。家政婦だっている。聞いても玲一は言葉を濁すばかりだが、家が代々会社を経営しているということは言葉の端々から窺うことが出来た。
大学で出会ってから今までずるずると付き合ってきたが、玲一は大学院で研究中、俊吾は学部を卒業後、アルバイトをしながらその日暮らしで生きている。いくら自分の頭が良くないとは言え、このまま玲一と付き合っていくなんてことは到底出来ない。
普通電車が一駅一駅止まっていく。暫く二人は黙って座っていた。
堅く握り締めた俊吾の拳に、玲一が上から掌を重ねる。


「また、馬鹿なことを考えているんだろ」
「違う」
「今時会社が世襲制なんてナンセンスだ。俺が継がなくても誰かが継ぐ」
「違うって言ってるだろ」
子供がむずがるように俊吾は声を上げる。玲一は吐息だけで小さく笑った。
「俊吾、俺に嘘はつかないで。お願いだから」
柔らかく笑みを含んではいたが、その声色は真摯だった。俊吾は一瞬息を呑み、唇を噛む。固い決意が崩れそうになったから、俊吾はもう一度繰り返した。
「嫌いだ」
「うん」
分かっている、と言うように玲一は俊吾を引き寄せて、彼の柔らかい髪の毛に鼻先を埋める。目を伏せて息を吸う。ホテルの安っぽいシャンプーの香り。多分自分の髪からも同じ匂いがするのだろう。
「嫌いだ嫌いだ、嫌い、」
「うん」
向きになったように俊吾は玲一の胸の中で繰り返している。余りにも可愛く余りに切ない嘘に、玲一はいっそ笑ってしまう。俊吾はもしかしたら泣いているのかもしれない。鼻を啜る音が聞こえた。
「俺は、好きだよ。俊吾のこと」
ぎゅう、と胸元のシャツを俊吾が縋りつくように握り締めてくる。ああ、どうやって彼と別れるなんてことができようか。こんなことでこんなにも幸福になっているくせに。