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ツンデレ

「計算式はつまりF=maを表しています。ここでのFとはすべての力の合計です」
 眼鏡のフレームを細い指で押し上げながら彼はそう言った。
 期末テストまであと一週間。
 馬鹿で運動しか能が無い俺の家にまでわざわざ来て、
 今年知り合ったばかりのクラスメイトの彼は勉強を教えてくれていた。
「mは運動している物体の質量、aは加速度で…」
 言葉に言いよどむことなく、説明を続ける。
 彼との勉強会は、楽しかった。
 俺が恥ずかしくなるようなおそらく基本的な質問にも、
 彼は決してバカにしようとはせず、丁寧に答える。
 彼は俺から何万光年もリードしそうな勢いで頭がいいのに、
 バカな質問にも丁寧に、分かりやすく、優しく解説してくれる。
 こんな態度、教師にさえとられた事さえない。
「さて、この運動方程式より、ⅹ方向への力の合計を…」
 明瞭な声を耳にしながら、俺は心地よさを感じていた。
 他の奴にも、それぐらい愛想がよければいいんだが。
 彼は何故か俺以外の人間に手厳しい。
 ノートを借りる為だけに近寄ってくる奴らは勿論、 
 優等生である彼を贔屓しようとする教師にも、
 隣の席のクラスメイトの女子に対してもだ。
 どうすれば彼は、俺以外の友達を作ろうとするだろう。
 少し考えながら、俺はノートを見るふりをして彼を盗み見る。
「…と、失礼します」

 ふいにそう言って、彼は眼鏡を外して目を擦った。


 俺は目を見張ってしまった。
 帰宅部だから夏だろうと肌は焼けていないのは知っていたが、
 その綺麗な白い肌に、女の子もかくやという容貌が乗っかっていた。
 有り体に言えば、彼はかわいかった。しかもちょっと俺のタイプだった。

「…どうかしましたか?」
「いや…」
 俺は不覚にも、こいつが優しい態度をとるのは俺一人でいいと思ってしまった。
 友情は愛情に負けるものなのだ。それが普通だ。そう心の中で繰り返す。
 とりあえず、
「俺の前以外で眼鏡取るのは禁止だからな」
 これだけは言っておかねばなるまい。
「?…よく分からないけど、分かりました」
 少しおかしそうにうかべたその笑顔を独占できる幸せを、俺は深くかみしめた。