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副隊長×隊長

目の前の男は、どうしても克服出来ない苦手の一つだった。 
工作兵長は、立場上この男と相対せねばならない自らの不運を呪った。

夜闇色の外套を纏い椅子に身を沈めたその姿は
幼い頃寝物語に聞いた魔族の王を思わせた。
副隊長と呼ぶには不相応なほどの威厳を従え、
色素の薄い灰色の眼がこちらを睥睨している。

「…任務は以上だ。宜しく頼む。」
「隊長は、この事をご存知なのですか。何と仰っているのです。」
「この件に関しては全て私の権限で行う。隊長に報告する必要はない。」
否とは言わせぬその声色に、兵長はただ頷いた。
「結果がどちらへ転ぶのか、私にも予測が付かぬ。政情が、あまりに不安定過ぎる。」
副隊長は短く整えられた顎鬚を撫ぜ、独り言のように呟いた。

慈悲深く、義を重んじる事で知られる隊長とは対照的に、
彼は何処までも冷酷になれる男だった。
必要とあらば、手を汚すことも厭わない。
それ故に彼は畏れられ、軍の内部に絶えず緊張感を生んでいる。
隊長が光であるなら、彼は影の部分を一手に担っているといえた。
「仰せの通りに。」
兵長は慄きを悟られぬように、深く頭を下げる。


「それでは、失礼致します。」
折り目正しく一礼し、兵長は場を辞した。

直後、入れ替わりに反対側の扉が開き、長身の男が入って来た。
「報告する必要はない、か。」
「立ち聞きなど、人の上に立つ方のなさることではありません。」
咎めるような副隊長の眼差しを受け止めて、隊長は重い口を開いた。
「率先して危険に首を突込むような真似をして欲しくない、というのが本音だ。」
「常に最良の方法を考えるのが私の仕事です。あなたには、無傷で居て戴かなければ。」
隊長は咽元まで出掛かった抗議を飲み下し、代わりに痛いような笑みを浮かべた。
「分かっている、君はいつだって正しいよ。
 …それにしても腹が減ったな。君も、夕食まだだろう?」
殊更に明るい調子で隊長は言い、副長は口元に笑みを滲ませた。
「ええ。街に出ましょうか。」
「この間みたいに、食事の作法を間違えたからって足を踏むのは止めてくれよ。」
「では、もっと気軽な店にしましょう。」
「パブだな。決まりだ。」
「了解しました。」

部屋を出て、長い回廊を抜ける。隊長の一歩後ろを歩きながら、
副隊長は束の間自らの状況に思いを馳せたが、じきに忘れた。
隊長が好んで言うように、結局は成るようにしか成らないのだ。
自分にそう言い聞かせ、別離の予感をそっと仕舞いこんだ。