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友情です

「中島は親友だからさ」
絶対頼みたいと思ってたんだ。いいかな?
屈託の無い黒澤の笑顔に俺は何も言えなくなって、必死の自制力をもって笑みを浮かべることしかできなかった。

残された猶予が一週間になって、ようやく俺は行動を開始した。
しかしペンを走らせては紙をぐしゃぐしゃに丸め、机の前でぼんやりと物思いにふけるという繰り返しばかり。
初めて顔を見たのは入学式だ。美形ではないが妙に目を引く顔。涼しげな目尻と薄い唇。神経質そうな線の細さ。クラス分けの後教室でその顔に遠目ながらも再会して、嬉しくなった。
入学直後の健康診断。さりげなくお前に近いところにいて、自然に話しかけて話題を繋ぐことに腐心した。
今まで書道の授業なんて落書きの時間でしかなかったけれど、真似をして書道部に入部した。王羲之を書くお前の横顔が綺麗だった。意味はてんで分からなかったけど、お前の書いた趙孟?が美しいと思った。
大学は分かれてしまったけど、一月に一回は一緒に飲みに行った。その習慣は社会人になってからも変わらなかった。
潰れたお前を家に連れて帰ったことも二度や三度ではなかった。俺のベッドに眠るお前の、ネクタイを緩めてやるのが好きだった。赤い顔をして眠っているお前に口付けたのは、夢だったのか現実だったのか今でも分からない。
お前の口から彼女の話が出てくるようになった。その話題がお前の口から吐き出されるたび、胃の中をゆっくり掻き回されるような不快感が襲ってきた。喧嘩をすればそのまま終わってほしいと思い、デートのために俺の約束をキャンセルされれば悔しくなって拗ねた振りをした。


俺は一週間をかけ、ゆっくりゆっくりペンを走らせた。出会ってからもう十年以上だ。取っ組み合いの喧嘩もしたし、陰険な口論もした。でもそれの全てが、今の俺にとってはひどく優しい思い出になっているのが自分でも不思議だと思う。
カンペ代わりの何度も便箋を読み返し、溜息をつく。それをスーツの内ポケットに忍ばせる。思いを振り切るようにぎゅっとネクタイをきつく締めた。
なあ黒澤、あの有名な映画知ってるか?最後に花嫁をさらう、あの映画。変だけど、俺、あのシーンが今すげえ心の中でぐるぐる回ってるんだよ、どうしてなんだろうな。なあ。

「雅弘君、ご結婚、本当におめでとうございます」
言葉に詰まった。喉一杯に小さな小石をこれでもかと詰められたような感じだ。俺は溜息とも笑い声ともつかない曖昧な空気をふっと口から吐き出した。精一杯の明るい声を振り絞りながら、さりげなく黒澤から目をそらす。
「どうか、恵子さんと温かい家庭を築き、幸せになって下さい」
俺は親友の結婚式に感極まって涙を拭う振りをしながら必死に自分に言い聞かせる。親友のために友人代表のスピーチができるなんて、幸せなことじゃないかと。
そう、この胸が針で突かれるような、まるで押さえの利かない衝動のような情熱は、きっと、友情だったんです。