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結婚するAとAに片思いしていた幼なじみのBとC

「俺さ、女でなくてよかったなーって今思ったよ」
今日一日馬鹿の一つ覚えみたいに貼り付いた笑顔を見せていた佐藤は、マイクのスイッチを切ってテーブルに転がすと、ぽつりと呟いてスツールに腰掛けた。
けたたましいクラッカーの祝砲で幕を開けたニ次会も半ばに差し掛かり、次の余興までの短い歓談タイムに突入したところだった。
「好きな奴がお前も幸せになれっつってブーケなんかくれちゃったりしたらさ、そんでめっちゃ綺麗に微笑んでくれたりしちゃったら、おめでとうって言わないわけにいかなくなるじゃん」
佐藤は手近にあった受付名簿か何かを引き寄せて、それに視線を落としながら囁く。
少し硬くなったその口許から、店の奥、中央に並んで座る二人を囲む女性陣のうちの一人が手にした、丸い花束に目をやる。
いましがた行われたブーケトスで獲物を獲得した猛者が、友人とともに新郎新婦と記念撮影をしていた。
途切れることのない笑顔、笑顔。
「…おめでとうくらい言ってやってもいいんじゃねぇ?」
その光景を眺めながら小声で返すと、直後胸の辺りが引き攣れるように痛む。
思わず中身の入ったグラスを探すが、手の届く範囲には見当たらなかった。
「…ココロ込めてなんて言えねぇし」
「ケンジに泣かれるぞ、つれないって。現実から目ェ背けてたって仕方ねぇだろ」
「…鈴木だって言ってないくせに…」
背中を丸めながら頭を抱え込んで、佐藤が恨みがましい口調で言う。
それを無言で流して、次の進行の確認を取ろうと立ち上がると、ケンジがふらふらと覚束ない足取りでこちらに向かってくるのが見えた。



白目が見えないほどの満面の笑みを振り撒いているせいか、あちこちの人にぶつかったり寄り掛かったりしながらも、ケンジはどうにか俺達の前に辿り着く。
「どうしたんだよ、便所か?」
空いたスツールに促すとケンジは殆ど体当たりな勢いでそこに座り、目尻の皺を更に深くさせながら俺達二人の首に腕を伸ばして引き寄せた。
「佐藤ぉ!鈴木ぃ!今日はぁ、ほんっとありがとなぁあああ!」
そう喚きながらぐいぐいと腋の下に抱え込もうとするケンジの腕から自分の頭を抜くと、同じタイミングで佐藤も顔を上げた。
佐藤の髪の毛は乱れ、頬に若干の赤みが差している。
「ちょ、酔っ払い!席戻ってろよ!」
「この時期特に忙しいのに、お前らに幹事頼んじゃってさ~…でも俺、お前ら一番信用してっからさ~」
「わっ、離れろキモい!つか重い!」
態勢を整えて座り直した佐藤にケンジが再び全身を預けるように抱きつき、佐藤は辛くも隣りのスツールに腕をついて、倒れ込むのを防いだ。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の姿に、つい幼い頃の自分達を思い出して口許が緩む。
変わらないな。
無意識のうちに口をついて出ていたらしく、えー何ー?とケンジが間延びした声をあげる。
「そういやお前らちゃんと食ってる?このテーブル、見たとこ料理は並んでないけど」
そこでようやくテーブルが視界に入ったのか、身を起こしながらきょとんとした表情でケンジが聞いてくる。
「ああ、まぁ適当に食ってるよ」
本当は朝から満足に食えてなどいないが、単に食欲が湧かないだけなのでごまかしつつ答える。
佐藤は、披露宴で出された物はあらかた片付けていたが、飲み過ぎたからここに来る前に一度吐いたと言って、この一時間半何にも手をつけていなかった。


「あ、ちょっと待っててー」
俺の返答を聞いたかどうかのタイミングで、ケンジは何かを思い付いたように立ち上がり、ゆらゆらと頭を揺らしながら自分達のテーブルに引き返す。
「なんかさ…案外変わらないもんなのかな」
新婦と二言三言交わし、再びこちらに向かってくるケンジをみつめて、佐藤は小さく笑った。
「まぁ、あいつは変わらないだろうな。俺らは…変わるべきだろうけどな…」
目が無い笑顔は変わらず、しかし先程に比べてどこか誇らしげに胸を反らしながらやってくるケンジに、またちりっと胸が鈍く痛んだ。
「お待たせー!これ食おうぜ!」
そう言いながらケンジがテーブルに置いたのは、一番最初に切り分けて皆に配られたウェディングケーキだった。
白い生クリームの上には、小さな生花がふたつ、乗っている。
「これさー、食べられる花なんだって!アユミのケーキもまだ残ってたからさー、花だけ貰ってきた」
どこか浮かれた口調で言いながら、小さなケーキにフォークを宛てがって真ん中で切り、両方に赤い花を乗せる。
「はい、あーん!」
いいよ要らない、なんだよ食えよ、と三人でひとしきり押し問答した後、結局事を荒立てたくない俺達が折れて、ケンジが差し出すフォークからケーキを受け取った。
二人揃って大きく開けさせられた口にケーキを押し込まれ、ひたすらに咀嚼する。
味わう余裕はなく、ただ早く飲み下したいと内心必死な俺達に向かって、ケンジは満足そうに微笑んだ。
「さっきも言ったけど、二人ともほんとありがとな。これからもアユミともどもよろしくな!」
後半若干照れながら、それでも嬉しそうに言うケンジに、佐藤はぎこちない笑顔を返した。
「…幸せになれよ」
「ヒヒッ」
ケンジは恥ずかしげに肩を竦めながら、そろそろ戻る、と言って踵を返した。
俺は、何も言えずにそれを見送るだけだった。