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失恋してアル中一歩手前なあいつに片思い


彼が振られたことはフロアの人間全員が知っている。
たぶん、次の異動では彼と彼女の両方がここから姿を消すことになるのだろう。
「あれ、何とかした方がいいんじゃないですか、島野係長、うちは接客もある社なんですし」
今日も言われてしまった。お節介な女性社員のみならず、今回は総務課の、普段はうるさいことなど言わない人からの指摘。
彼はそんなに目立ってるのか、と認識し直す。僕が気になるだけじゃない、客観的に見てひどいのだと。
彼は僕の部下だから僕には管理責任がある。
だから僕には彼を叱咤し、立ち直らせる義務がある。
大丈夫、おかしくない。僕は自分に言い聞かせて席を立つ。
「稲田君、ちょっと」
「あ、はい」
呼び出して使われていない小会議室へ。
途中でコーヒーを買ってやったのは、目を覚ます意味ももちろんあったが、なによりこの漂う匂いをごまかしてやるためだった。
「すみません」
大きな体を椅子の上で曲げ、しおらしくカップに両手を温める姿がいじらしい。
慌てて気をそらす。僕はあくまで上司なんだと自分に言い聞かせる。
「何言われるか、わかってるよな」
僕の言葉に彼は「すいません」と小さく答えた。
座るとますます視線の高さが違い、僕は彼を、下から覗き込むようにしないといけない。
「まさか、朝も飲んでるんじゃないよな」
「いえ、さすがにそれは。ただ、眠れないんで」
つまり朝方までやってるってことなのだろう。
内心、同情する。つまりそれぐらいひどい振られ方だった。
結婚を前提につきあっていたはずが、降ってわいた別れ話。彼女の腹には愛の結晶、別の男の。
よくある話かもしれないが、隣り合った係同士のカップルじゃ最悪だ。
おかげでこいつ、こんなに壊れてしまった。
人一倍大きな体のくせに気が優しくて、仕事が丁寧と評価されていた。
誰とでも上手くやれる方だったが、僕とは特に気があった、というのはうぬぼれじゃないだろうと思う。
一緒に飲みに行くのが週末の習慣だったのに、いつしか奴が彼女のことしか話さなくなって、程なくつきあい始めたという報告。
あの時、あんなに祝福してやったじゃないか。
こんなことになるなら……わかってれば俺が。わき上がる妄念を、頭を振って払い飛ばす。
「酒で眠ろうってのが間違いなんだよ」
「わかってるんですが」
「もう一切買わないようにしろ。翌日匂うまで飲むなんて非常識だ。食事、睡眠、きちんととれ。シャツにアイロンかけて、ネクタイも毎日替えろ。身だしなみぐらいちゃんとしてくれ、常識だろう」
「はい……」
どのくらいの厳しさで言えばいいのか、全然判断がつかない。
本当は、大丈夫なのかって寄り添いたい。しっかりしろよって胸ぐらつかみたい。
彼女のどこがいいんだよって。さっさと忘れて元のお前に戻れって。
それで、また飲みに行こうって。
「仕事の方はしばらく軽くするから。今やってる件、俺にまわして」
「いえ、そんな、それはちゃんとします」
「できないから言ってるんだよ、人に言われる前に自分で気づけ」
はっと顔を上げるから目があった。充血して憔悴しきった憐れな男の目。
僕の方が背が低いから、このまま抱きとめたらたぶん、僕のあごが上がってしがみつくみたいなみっともない恰好になる。
この馬鹿をまるごと包み込んでやりたいという望みは、どちらにしろ叶えられない。
唇を噛むから、投げつけるように言ってやる。
「悔しいか。悔しいならさっさと立ち直れ。みんな迷惑してるんだよ」
もし僕が彼を思っていないのなら、もっと優しく慰めてやれたはず。