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二人の覚悟


その落武者が捕まったのは逢魔が時だった。
身の丈が軽く六尺は越える大男で、髪はざんばら、鎧は触れば崩れるのではないかと
思えるほど擦り切れている。
夕暮れ時、馬上の武士に怪鳥のように襲いかかった男は、武将首を掻き取りそうに
なった処へ、足軽達に取り押さえられたのだった。

源氏の陣に引っ立てられた男は、幾ら殴られても蹴られても口ひとつきかない。
名前や身分のよすがになるかと懐を探ると、小さな守仏が転がり出た。
すると、今までびくともしなかった大男が、奪い返そうと暴れだす。
大の大人10人がかりで押さえ付け、顔を地面へなすりつけられた男に、襲われた
武将が話しかけた。
「ふん。さしずめこの守仏も、今日のように襲い掛かり、誰ぞから奪い取ったので
あろう?」
「違う!返せ!!」
男は吼えるように叫んだ。
掌に収まるほど小さな木製の仏は、どうやら白檀で出来たもののようだ。
ずっと懐に入れられていたのだろう、脂焼けした裏側に辛うじて文字が読める。
「……那智丸?」
びくりと男の顔が浮いた。
「お前、那智丸と言うのか?」
「違う!それは我の主の名じゃ!」
暴れる男を家臣達がさらに抑える。
「どうせ、何処の馬の骨とも解らぬ輩だろうて…お主、おおかたムジナにでも謀られ
たのじゃ」
からからと笑う武将に、首を持ち上げて男が答えた。
「那智丸様は、平氏直系通盛様のご落胤じゃ!世が世なら、主らなぞ足元の土さえ
拝めぬお人よ」
「はて…通盛殿の子は通衡殿ただ一人じゃが、幼名は那智丸ではないはず…」
ニヤニヤと睨め付けるように男を眺めながら、守仏を手で弄ぶ。
「那智丸様は落とし種なのじゃ、手柄を立て、お父上に名乗り出ようとなさっておいでで…」
「で?」
組み伏せられた目の前に、鞘に収められた刀を音高く打ち付け、武将は男の話を遮った。
「その那智丸様とやらは何処においでじゃ?母上の乳でも吸うておじゃるか?」
そう言いながら武将は足元の泥に守仏を投げ、見せつけるようにそれを踏んだ。
その刹那、男は家臣達を跳ね飛ばし、武将の首に噛み付いた。
「此奴、何をする!」
「離せ!!離さぬか!」
根元まで噛み付いた男は、引き離そうとしてもびくともせず、武将の喉笛がひゅうと
鳴く。
家臣達は慌て、男の身に幾つもの刀を刺し貫いた。
喉肉を深く噛み取られた武将は、声も出せず崩れ落ちる。
「只今お側に参ります……那智丸様……っ!」
ごぼりと血を吐きながら、倒れた男は懸命に守仏を掴んだ。
絶命の後、その手から離そうとしても、守仏はどうしても外す事が出来ず、そのまま
男と共に葬られたという。