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いぬのおまわりさん


 ありのまま、今起こったことを話させてもらう。リモコンの電源ボタンを押したら、テレビ画面から猫耳と尻尾がついた全裸の美少年が出てきた。
 何を言っているのか分からないと思うが、俺も何を見ているのか分からない。
 ぽかんと口を開けてリモコンを持ったまま固まっていると、俺を見た美少年は青く澄んだ瞳をまん丸に開いた。
「ー!」
 聞き覚えのない言葉を叫んで、ぶわっと尻尾を膨らませた。俺と距離をとるように横に飛び退く。
 瞬発力、飛躍力、柔軟性に富んだ軽やかな動きだった。衝撃を吸収した着地は、足音がほぼない。華麗なひとつひとつの動きに目を奪われてしまった。
「…あ」
 ようやく我にかえる。しかし、現実味のないこの状況が慌てるという概念を欠落させていた。気づけば俺は普通に話しかけていた。
「どうやってテレビから出てきたんだ」
 美少年は首を少し傾げた。さっきまで威嚇していたのに、目が点になっている。そして何を思ったのか、人さし指を前にだして動かし始めた。
 その軌道にそって青く光る文字が浮かび上がる。文字を書き終えた美少年は、そこに息を吹き掛けた。文字は砂のようにさらさらと消えていった。
「これで通じるだろ」
「何をしたんだ」
「お、通じたな。魔法で言葉が通じるようにしたんだ」
「魔法?」
 テレビから貞子出演、猫耳尻尾。これ以上驚くこともないと思っていたのに、次は魔法とな。漫画じゃあるまいし、こんなこと有り得る筈がない。
「そっか、俺、疲れてたのか」
「なにをぶつぶつ言っている。気持ち悪いぞ。なあ、お前に聞きたいことがあるんだが」
「うん?」
 話しているうちに打ち解けた。そしてわかったこと。猫耳美少年はソラというらしい。本名は長かったからソラで。
 ソラは異世界から来たらしい。なんでも魔法の練習をしていたら時空で迷ってこの世界に辿り着いたのだそうだ。
 それだけでも吃驚なのに、ソラが王子で二十歳ということにも驚かされた。高慢な態度だったけど、まさか王子で俺より一つ歳上とは。これにはソラも驚いた。
「お前が…十九歳だと…」
「おい」
 俺が老けてるみたいに言うな。俺は童顔だ。ただソラの世界では、未成年はもっと幼い容姿なのかもしれない。実際、ソラは中学生くらいにしか見えないし。
「俺様については話したぞ。次はお前について話せ」
 王子だからか気品は感じられるけど、相変わらず不遜な態度だ。たまに手をざらついた舌で舐めているのは可愛いけども。
「俺は犬山。この世界では猫耳は皆付いてない。その代わり、ここに付いてるのが耳だ」
「なるほどな」
 ソラは合点がいった様子だ。ソラの世界では極悪人?猫?が罰として猫耳や尻尾を切られるらしい。猫耳のない俺を見て飛び退いたのは、そういうことだったようだ。

 きゅううとソラのお腹がなった。目が合うとソラの身体が真っ赤に染まる。偉そうにしてるぶん恥ずかしいのかもしれない。それに、ソラは全裸だった。いろんな吃驚要素があって忘れていた。服を渡すと着ない一点張りで、せめてこれはとタオルを腰に巻いた。
「こんなもの着けたら、俺様の立派なものが隠れるだろ」
 いや、隠したんだってとは言わないでおいた。あと、立派でもないってことも。
 お腹が空いているようなので、晩飯を作ってやった。待ってる間、不機嫌に尻尾を横に振っていたけど、焼き魚を出したら目を輝かせて隣にすわった俺の腕に尻尾を絡めてきた。単純なやつだ。
「もとの世界には戻れるのか」
「ふうふう、んぐんぐ、分からん」
 猫だけに猫舌らしく、息をかけて食べている。ご飯も普通に食べてるからキャットフードは要らないようだ。よかった。
「来れたなら、帰れるんじゃ?」
「だから、練習で失敗して迷ったと言っただろう」
 まじか。迷子の迷子の子猫ちゃん。あなたのおうちの帰りかた分かりませんかそうですか。
「王子が失敗するなよ」
「んぐんぐ……お、王子は関係ないだろ!俺様をバカにしてるのか!本当ならその口の聞き方も許されないんだからな!」
「ここじゃ、ただの迷子だけどな」
「にゃんだと!」
 耳をぴくぴく動かして怒るソラは、いじりがいがあるなと思った。

 猫だから風呂は嫌いでだと思ったら、好きだと答えられた。それなら入ってこいと風呂場で使いかたを説明したら、は?と言われた。
「覚える必要はないはずだが」
「え」
「俺は自分で洗ったことはないぞ」
「はあああ!?」
 疲れもピークに達していた矢先の爆弾に、思わず叫んだ。ソラは驚き、反射でぴょんと飛んだあと尻尾を股の下に巻き込んでしまった。ぷるぷる震えている。
「犬にゃま?」
「あーもー分かったよ」
 俺が苛めてるみたいじゃないか。どうやら前途多難な日々が続きそうだ。困ってしまった。ワーン。