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ヤケ酒


「もうやめなよ、朔ちゃん。彼女にフラれて辛いのは分かるけど、そんなに飲んだらまた戻しちゃうよ」
「うるへー!」
朔はあおるように酒を飲んだ。アルコールに耐性のないその身体は、真っ赤に染まっている。また懲りずに酒を注ぐと、夏希がそれを取り上げた。
「らにすんだよ!ばかぁ!」
手を伸ばしても、背も足も、腕も長い夏希が遠くのところに置けば、届かなくなってしまう。
「もう終わりにしよ。明日も仕事があるんでしょ? そんなにあの子のことが好きだったなら、デートの約束も守れば良かったのに」
「夏希との約束があったらろ」
「彼女との約束を優先すべきだったんだよ。しかもその日、彼女の誕生日だったんでしょ」
「……んだよ、夏希は、おれが彼女を優先してもよかったのか」
朔が据わった目で、憎々しそうに夏希を睨むと、夏希は肩をおとした。
「いいに決まってるでしょ。放置された彼女さんが可哀想だよ。彼女と約束があるって知ってたら、ぼくも気をきかせたのに。ま、いいや。終わったこと言っても仕方ないからね。そんなことより、いつまでぼくの家に居るつもり? 帰るのが遅くなったら奏さんが心配するよ」
「……ちょっとくらい、寂しがれよ。つーか、兄貴はかんけーれーらろ」
奏は、朔の兄だ。極度のブラコンで、朔のことを溺愛している。今日は夏希の家で飲むと伝えているから連絡は来ないけれど、ついつい朔が連絡を忘れると、今どこで誰と何をしているのか確認されるのだ。
「兄貴のやつ、うぜーんらよ。成人した弟に過保護すぎ。早く結婚してどっか行かれーかな」
「奏さんは、優しいよ。ぼくは一人っ子だからよく分からないけど、あんな素敵な人が側にいてくれたら幸せだと思うけどな」
穏やかに笑う夏希を見て、もやもやしたどす黒いものが朔のお腹の中をぐるぐると駆け巡る。
「……ははっ、そーらな。夏希はちゃんと、兄貴のこと分かってると思うよ」
「え」
目をぱちくりさせる夏希に、ニヒルに笑ってみせる。
「おれの回りにいるやつって、らいたい兄貴に警戒されるけど、夏希はおれのお守り役として、ちゃんと信頼されてるからな。うまくやってるなと思うよ」
「どういう意味?」
「……別に」
朔は、夏希が分かっていないのか、それとも分からない振りをしているのか判断がつかない。
ただ確実に言えることは、朔が誰と付き合おうと夏希は動じないことと、奏には特別な態度をとっているということだった。
「なぁ夏希、いつもの、してよ」
朔は四つん這いになって夏希の側まで行くと、夏希の服をくいくい引っ張った。潤んでいる真っ赤な目を合わせたあと、頭をぐりぐり夏希の肩に擦り付ける。これをすると、夏希が甘やかしてくれると知っていた。
「もう、いつまでも、子供じゃないんだよ」
夏希はお説教を始めたが、朔の両脇に手を入れて身体を持ち上げ、向かい合った状態でだっこをしてくれた。朔は夏希の背中に手を回し、ぎゅっと服を握りしめる。
「うるへー。夏希がこんなふうにいっつも甘やかすから、おれがこんな風にダメダメになるんらぞ。責任とれ」
「人のせいにしないの。朔ちゃんの悪い癖だよ」
「らって……らって」
夏希のことが好きなのだ。
たとえ、奏に気に入られるために夏希が朔を懐柔しているのだとしても、甘えずにはいられない。
結局、惚れた弱味なのだ。
「分かれよバカぁ」
朔の酔った頭では、理性がちゃんと働いてくれない。目が熱くなって、嗚咽してしまって、ぽろぽろと涙が落ちてきてしまった。
哀しい、寂しい、悔しい、嬉しい、切ない。さまざまな感情に胸を突き上げられる。
「無茶言わないの。でも、うん、そうやってちゃんと泣けるなら泣いて出しきりなよ」
とんとんと拍をとりながら、あやすように背中を叩かれる。ぐずぐず泣いていたら、眠気が襲ってきた。瞼が重い。
「朔ちゃん、おやすみ」
夏希の声を聞きながら、朔は瞼をおとした。

チャイムも鳴っていないのに、玄関の開く音がして足音が近づいてくる。夏希は慌てることなく、その人物を待った。
予想どおり、勝手知ったる人の家、と入ってきたのは朔の兄、奏であった。スーツを上品に着こなし、色気が溢れている。
「なにしてるんだ」
奏は夏希を見て、切れ長の目を細めた。
「こんばんは、奏さん。今ちょうど、朔ちゃんを寝かしつけたところです」
「そんなことは聞いてない。帰ってくるのが遅いから心配して来てみれば、どうして抱き締めあってるんだ!」
「しぃー。静かに。朔ちゃんが、起きちゃいますよ」
夏希が人さし指を唇に当てると、奏はぐっと言葉を飲み込んだ。
「朔ちゃん、彼女にフラれてやけ酒しに来たんですけど、慰めてたらこうなっちゃいました」
「泣いていたようだが?」
「そうですね。すがるように抱きついて泣いてきました。とても可愛かったですよ」
「お前……」
奏の呆れた視線に、夏希はにっこりと微笑み返した。
「朔ちゃん、すぐに彼女つくっちゃうし、すきあらば奏さんに占領されちゃうし、こういうときしかぼくの出番ってないんですよ。まぁ、逆を言えば、必ずぼくのところに帰ってくるって分かってるから気持ちに余裕があるんですけどね」
「俺は、夏希か朔を大事にしていると分かっているから、側にいるのを許してるんだ。あまり泣かせるな」
「分かってます。分かってるんですけど、ぼく、朔ちゃんのこと好きだから、側にいられる特権をついつい利用しちゃうんですよね」
夏希は愛惜しむように、朔の髪を撫でた。
「……ぼくのこと、好きになってくれればいいのに」
「俺が阻止するけどな」
奏は二人の側まで来ると、ひょいと朔を抱えあげた。
「ひどいです」
「そう言うな。夏希のことも、弟のように思ってるんだから」
「ぼくだって、奏さんのことは兄のように慕ってますよ」
ただお互いに、感情は違えど、朔へのベクトルが太すぎるのだ。

「では、朔ちゃんをよろしくお願いします」
「よろしくされる覚えはないが、任せろ。じゃあな」
「はい、おやすみなさい」
奏は朔を抱えたまま、外に出た。真っ黒な空に星が瞬いている。
「はぁ……こいつら、あれだけべたべたしといて、両片想いだって気づかないのが凄いな。ま、教えてやる気はないけど」
 よいしょと朔を抱え直し、奏は帰路に就いた。