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夢見る人


「起きろ!」
 頭をぽこんと叩かれて俺は楽しい夢から引きずり戻された。
 寝起きの目をしばたたいて見上げれば、仁王立ちの飯島が丸めた教科書を握りしめて俺を睨んでいる。
 突っ伏していた机にはヨダレの小さな水たまりが出来ていた。「汚ねえなあ」という罵声を聞き流しながら袖で拭く。さてと。
「おはよ」
「おはよーじゃねえから。お前ずっと寝てたろ午後の授業中。ふざけてんの?」
「ふざけてはいないんだけどさ、夢見があんまりよかったから、つい」
「先生に当てられても起きねえし。怒るの通り越して諦められてたぞ」
 顔に似合わず優等生な飯島は、まるでその先生の代理にでもなったかのようにぷりぷり怒っている。
 もしかしたら授業中、後ろの席から居眠りをする俺をずーっと睨みながらイライラし続けていたのかと思えば、ちょっと嬉しい。
「そんなに見つめられたら照れるじゃん」
「いやちょっと意味がわかんねえけど」
「あーあ。もったいない。すっごい良い夢だったのになあ」
 都合のいい夢の中で、俺は飯島に膝枕をしてもらって頭を撫でてもらってひたすら優しく甘やかされていた。
 夢の中の俺にちょっと、いやかなり嫉妬するくらい、それはもうイチャイチャイチャイチャしていた。
 ああ惜しい。あの雰囲気だったら、あともう少しでチューぐらいできていたはずなのに。
「今すぐ寝ればまた続き見れるかも?」
「知らねえよ。寝んな。ホームルーム終わったらすぐ掃除なんだから。邪魔だから」
 現実の飯島は俺に対して大変手厳しい。ただおそらくはそれも愛ゆえのムチだと思うので、それはそれで満更でもない。
 その証拠に、俺が居眠りをしていれば必ずこうして起こしてくれるし、遅刻したら怒ってくれるし、サボったら殴ってもくれる。
 口は悪いし手も早いし気も短い。それでも決してだらしない俺を見捨てないで、ぷりぷりしながら世話を焼いてくれる。
 愛されてるなあ、俺。さっきの夢の中の俺と、どっちが勝ってるかな。比べるためにはやっぱりもう一度、同じ夢を見ないと。
 もぞもぞしながらそんなことを考える俺を呆れた目で見下して、飯島がため息をつく。
「席替えするまではもうちょっとマシな授業態度だった気がしたんだがなあ」
「ああ、だってほら、席替えする前は飯島の席のほうが俺より前の列だったし。今は俺より後ろじゃん?」
「は? ……もしかしてあれか、俺が見てないだけで今までも寝てたのか、お前!」
 そういうことじゃなくて、授業中に見るものがなくなって暇になっちゃったんだっていう意味なんだけど、遠回しすぎたかな。
 まあそういう鈍感なところも可愛いよ飯島。ぷんすか怒る飯島が可愛いから、濡れ衣でも反論はしないよ。
「そんなんだとな、そのうち授業についていけなくなるからな。知らねえぞ俺は」
「そしたら飯島が俺に教えてよ。飯島の個人授業だったら喜んで聞くよ」
 できれば膝枕して、頭をなでなでしながら教科書を読み聞かせてくれれば最高だ。きっと全国模試一番にでもなれる。
 今日みたいに穏やかな昼下がりに、飯島の声で読み上げられる物語を聞きながら涼しい木陰でうとうとすれば、
さっきの夢なんて目じゃないくらい素晴らしい夢が見られそうな気がする。不思議の国のアリスみたいに。
「ふざけんな馬鹿。人がせっかく真面目に忠告してやってんのに」
「ふざけてないのに。俺はいつでも本気なのに」
「勝手に言ってろ」
「じゃあ勝手にするもん。夢の中で飯島に個人授業してもらうもん」
「はあ?」
 背を向けて席に戻りかけていた飯島が、俺の台詞に聞き捨てならんという顔を向け直してくる。
 飯島がいないなら起きてても仕方ないと、組んだ腕に顔を埋めようとしていた俺を見咎めて、また頭を軽くぽかりとされた。
「するもん、じゃねえよ気持ち悪い。ていうか俺を勝手にお前の夢に出すな」
「そんなこと言ったって飯島が出てくるんだからしょうがないじゃん」
「出てねえよ。出すな。出たとしてそれ俺じゃねえから。偽物だから」
 そんなことは百も承知だ。でも俺は、それでも別に構わない程度には飯島のことが好きだから、夢くらい好きなように見させてほしい。
「マジでやめろ。迷惑だから」
「えー。それは無理かなあ。自分でコントロールできるものじゃないしさ」
 俺の夢への飯島の出演率がダントツなのは、それだけ俺がいつもいつも飯島のことばかりを考えているからだろう。つまり愛の証だ。
 逆に、「知った人が夢に出てくるのは、相手が自分のことを考えている時だ」という迷信も聞いたことがある。つまり両想いだ。幸せだなあ。
 真っ当な俺の主張に、飯島はしかめっ面で考えこんでいる。その苦虫を噛み潰したような顔も可愛いよ飯島。
 しばらく腕組みをして考えていた飯島が、うん、と重々しく頷く。そういう男らしいキリッとした顔も、要は全部が可愛い。
「よし、わかった」
「やった。じゃあ夢の中でよろしく」
「違う。そうじゃなくて。寝るな」
「あたたた」
 寝直そうと体勢を整えたところで、髪の毛を引っ張られて無理に起こされる。そういうスパルタなとこも好きだなあ。禿げそうだけど。
「要はお前が寝なきゃいいんだ。放課後まで起きてろ」
「でも家に帰ったら速攻で昼寝するよ」
「じゃあ帰るな。うちに来い」
「……えっ」
「そんでもって、寝る暇もないくらいギッチリ勉強叩き込んでやる。お望み通りマンツーマンでな」
「……マジっすか」
 あれ、もしかしてこの展開も、俺が見ている都合のいい夢かな?
 一瞬そう思ったけど、引っ張られた頭皮が痛いのでどうやら現実のようだ。まるで夢みたいな現実。
「覚悟しとけよ、絶対寝かせねえからな」
 してやったりな顔でにやりと笑った飯島は、きっと悪そうな表情を作って脅したつもりなんだろうけど、夢見心地の俺にはとても通用しなかった。

 どんなに甘くて優しい夢だったとしても、現実の飯島の可愛さには、やっぱり敵わない。