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膝枕をする


「朝から膝枕について考えている」
「暇なんですか。暇なら洗濯物たたむの手伝ってくださいよ」
「というのも『膝枕は男のロマンだ』と耳にしたのだ。ロマンと聞いては捨て置けん」
「聞いてないし。まあいいですけど。……で、膝枕がどうしたんですか」
「それが不可解なのだ。まず私は、第一の命題として、枕たりえる膝の高さについて考えたのだが」
「ああ、それで今朝メジャー持ってうろうろしてたんだ」
「床に座ったときに膝の位置というのは、案外と高さがある。正座すると更に高くなる。
 椅子に座った場合は、首の長さがいくらあっても足りないほどだ。あの高さを平気で枕にできるのは猫くらいだな」
「猫は膝の上に乗るの好きですからね」
「しかし残念ながら私は猫ではない。ついでにキリンでもない」
「そうですね」
「そこで私は今回の考察の前提として椅子というものを除外した。世界から椅子を排除したのだ」
「ソファに寝転がりながら言われても」
「だが床に直接座ったときの膝に限定しても、やはり普通の枕と比べて位置が高いのだ。
 首には重要な血管と神経が通っている。あまり首に負担をかけると、安眠どころか健康に悪影響が出る」
「はあ」
「しかしロマンというのは、ときに危険を伴うものだ。この程度で怯んでいてはロマンへの到達など無理だ。
 いかに危険を乗り越えて安全に膝枕をするか、私は考えに考えて一つの方法を編み出した。聞きたいかね?」
「はあ。なんですか」
「膝の位置が通常の枕より高いのであれば、自らがその高みへ登ればよいのだ!」
「具体的にお願いします」
「身体の下に座布団を敷いてそこへ横になった上で、膝を枕にすればよい。これこそコロンブスの卵だな!
 相手の膝が最適な高さより5センチメートル高ければ、自分も床から5センチメートルの位置に存在すればいいのだ」
「もうそれその座布団を枕にした方が早いんじゃ」
「高さの問題はこれで解決できた。昼食の後、私は次に第二の命題への考察を開始した」
「まだ続くんですか。俺、夕飯の買い物に行きたいんですけど」
「第二の命題は硬さだ。枕は柔らかすぎても硬すぎてもいけない。とても重要な要素であると私は認識している」
「そうですね。前に枕買いに行ったとき、あんたのお陰で一日中ホームセンターをはしごする羽目になりましたもんね」
「膝というのは枕にするには明らかに硬いのだ。筋肉のつき方で多少の調節がきくにしても、理想の硬度には程遠い」
「硬い枕が好きな人もいるんじゃないですか」
「私は柔らかい枕が好きなのだ!」
「低反発枕みたいな膝とか嫌ですよ」
「この課題はなかなかに厄介だ。先ほどからずっと、私はこの命題について検討しているのだ。
 高さのときのように自分の頭の硬度をコントロールすることは不可能であるし、
 かといって頭と膝の間に別の緩衝材を挟むとなると、それは最早『膝枕』と言えなくなってしまう……」
「そんな頭を抱えなくても」
「つまり残される選択肢は多少の硬さは我慢するということなのだが…我慢の上に成り立つ睡眠の質に意義が見出せないのだ。
 危険は乗り越えればいい。しかし我慢は我慢のままだ。多少の不具合を我慢してまで、膝枕にはロマンがあるのか……私は理解したい」
「あ。本当にそろそろ買い物行かないとまずいな」
「だが一方でそもそも『膝枕は男のロマン』なのかという疑念が浮かんでしまうのを禁じえない。本当に膝枕はロマンなのか?
 いや、もしや私は気付かぬうちにロマンが理解できない男に成り下がったのでは……?己が理解できないことを否定するなど、
 矮小な男のすることだ。それは恐ろしいことだ。だから私は大前提を真として思考を積み重ねるしかなく、つまり枕の硬さに慣れるほか……」
「………。第三の命題」
「ん?」
「誰に膝枕をしてもらうか」
「…なんだって?」
「今日の風呂上りにでもしてあげますよ、膝枕」
「してくれるのか?」
「そんな重々しく言わなくてもしますよいくらでも。だからその考察とやらは一旦休んで買い物行きましょう」
「……そうか、第三の命題…そんなものが存在していることに思い至らないとは、私としたことが。命題の定義手法を見直さなければ……」
「ぶつぶつ言ってないで準備してくださいってば。ほら起きた起きた」
「君はもしや、膝枕マスターなのか?」
「なんですかそれ」

(強いて言うなら俺はあんたマスターだよ)