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年上の幼馴染


 三十五才を過ぎると急に、結婚、結婚と言われなくなった。もう洒落にならないんだぞ、という事実を突きつけられるようで怖い。
 だって仕方がない、派遣なんてやってるようじゃ結婚できない。彼女だってできない。
 いいんだ、そういう時代だから、と開き直る。
 妹も結婚して子供作ってるし、母ちゃん的にも、もう俺はいいんじゃないかと思う。
 泰成にいちゃんの方がやばい。兄ちゃんはフリーターで、一人っ子で、俺より二つも年上で、おまけにおじさんもおばさんももういない天涯孤独の身だ。
 二軒はさんでのご近所さんだから、うちの母ちゃんとしてはもうひとりの息子みたいな気持ちで
「豊井家は絶えちゃうねぇ」
と心配してるけど、いやー、無理でしょ。
 俺以上に、兄ちゃんはどうにもなりそうにない。それよかうちも名字絶えますけど。

「泰成にいちゃーん、コロッケだよー」
 バイトってのは過酷なもので、零時あがりの兄ちゃんは昼夜逆転ぎみの生活だ。
 だからと言って、派遣でも正社員と変わらない勤務時間の俺が、深夜にコロッケをわざわざ運ばされるのはおかしい。
「おおー!コロッケ大好き。売ってるのじゃないおばちゃんの手作り大好き」
 でも兄ちゃんが喜ぶから仕方ない。
『夜中は人恋しいものだから、お前行ってやりなよ、ひと言話すだけで違うんだよ』
 そんなことを言う母ちゃんは、他人に優しく身内に厳しい。俺寝不足になるっつーの。
 兄ちゃんのおじさん、おばさんが亡くなってから十年くらい経つから、その間ずっと通い続けてる俺えらい。
 通いすぎて、兄ちゃんの家はすでに、もう一軒の自宅のようだ。
「今から食うの?」
「当然! 晩飯なんだよ、お前は? 食う?」
「いや、寝る。もうこっちでいい?」
「パジャマ着てるじゃん、すでに」
「風呂出たらパジャマだって……朝飯は七時に帰るから、一緒に起きろよ。母ちゃん手間だから」
 食べ出した兄ちゃんをほったらかしに、和室に布団を敷いたら眠くなる。
「お前、帰って寝る方が早いんじゃないの」
 声が飛んでくるが、答えるのがめんどくさい。
「寝に来るのなー、うちに、お前……変な奴」
 声が遠のいて、俺は夢の中へ。なんだろうね、俺も。

 正直、結婚とかに意欲がわかない。
 彼女がいたこともそりゃありましたが、それとこれは話が別だって知ってる。
 草食系男子とは俺のことだ。いや、俺らのことだ。兄ちゃんもきっとそんな感じ。
 あの人こそ彼女いたのに、結婚すると思ってたのに、おじさん達が亡くなったときに別れて、それっきり女の子とは話題にできない雰囲気。
 本当、仕方がないよね。不況だもん。母ちゃんごめん。親父もごめん。どうしようもないです。
 この間、母ちゃんが恐ろしいことを言った。
『いっそ、結婚しない子ばっかり集まって、一緒に住めばいいんじゃないかねぇ』
 現実に、茶を吹きそうになるなんてことがあるとは。
『だって、そうしたら安心だもん、あんたや泰成君の老後。寂しいひとり暮らしをさせるよりよっぽどいいよ』
 泰成君のご両親にも遺書で頼まれたしねぇ、と母ちゃんは笑った。
『あんた、もうこうなったら泰成君のこと大事にしなよ、あれももう結婚しないだろうから、一生仲良くするんだよ』
 うちの母ちゃんはいつも、どこまで本気かわからない。
 ただ、泰成兄ちゃんにもう二度と寂しい思いをさせたくない、その気持ちはわかる。 

 久しぶりに結婚の話を振られた。最近入ってきた後輩がマジで無神経で、まわりのハラハラした空気がいっそう俺を傷つけるっつーねん。
「兄ちゃん、結婚するなよ」
 俺は今日は台所にいて、おでんを小分けにしたどんぶりをレンジに放り込んでる兄ちゃんに鬱憤をふっかけることにする。
「少なくとも兄ちゃんが結婚しない限り、俺は許される」
「別に俺が結婚しなくてもお前は結婚すればいいじゃん」
「うるせー、どうせできませんよ、だから兄ちゃんも結婚するな、そんで老後はふたりで生きるの」
 泰成兄ちゃんのあごがカックンと落ちた。
「……は、お前、何を」
「え?あ、いやいや、この間母ちゃんがさ」

 説明すれば、なんとも空しい老後設計だ。俺はだんだんばかばかしくなってきた。
「だいたいさ、安易なんだよ。そもそも先に老後を迎えるのは母ちゃんだっての、自分の面倒より俺の老後かよ、いつの間にか完全に俺が結婚しないことになってるしなぁ」
「んーとさ、じゃあその時はおばさんの介護は俺らふたりですればいいんだよ」
「何言ってんの……ええ?」
 見れば、兄ちゃんは真面目な顔でうなずいている。
「ちょっと、兄ちゃん、泰成さん、なんでその気なんですか」
「いやあ、名案だなと思って。固定資産税も一軒でいいしな」
「うわ、具体的! ありえないって、そんな、男同士で」
「いいんじゃん? 別に結婚するわけじゃないし」
「男同士で結婚できないし!」
 俺が慌てると、兄ちゃんはきょとんとした。
「あ、いや、俺もお前もたぶんもう結婚しないでしょ? お前、これから頑張るの?」
 耳が、頬が、急に熱くなる。
「裕敏……じゃあねぇ、約束。俺がこのまま爺さんになって要介護になったら、裕敏が面倒見て。逆は俺が面倒見るから」
 小指を立てられた。
「はい、指切りね、これでおばさんにも安心してもらえるよっと」
 絡んだ指ごと腕を振り回されて、うわ、これ、何、いったい。
「いい話だな、俺、裕敏なら安心。老後は一緒に住むかねぇ、うちの方が新しいから裕敏こっちに来ればいいんじゃない? すでにマイ枕置いてあるんだし」
 ニッコリされて、ますます血が上る。
 と、レンジで爆発音がした。
「泰成兄ちゃん! 卵入れただろ馬鹿!」
「あ、卵……おでんの」
 兄ちゃんはこれ以上ないくらい哀しい顔になった。馬鹿だ。

 だから多分、兄ちゃんは俺の赤面に気づかなかった。
 一生の約束なんかしちゃったよ俺たち。そんで、危なっかしいこの人の介護をするのはたぶん俺の方だ。
 いいじゃんそういう人生、きっともう泰成兄ちゃんも二度と寂しくない。