気弱な攻め


クラスメイトであり恋人でもある秦野の姿が目に入った。
声をかけながら走り寄ろうとしたとき、数人の明らかに不良だと思われる男達が秦野を取り囲んで、
神社の裏手へと連れて行った。
中の一人が辺りを見回し、立ちすくむ俺と視線が合うと「さっさと消え失せろ」というように睨みつけてから
神社の裏手へと姿を消した。

そういえば、秦野は最近、以前揉めたことのある相手から因縁をつけられていると言っていた。
それがあいつらなのか――。

今は真面目に勉学に励んでいるが、秦野は元は不良だった。
「俺もけっこう無茶したから、いろんな奴から恨みを買ってるんだよな」と
他人事みたいに呟いた秦野は、俺の心配そうな顔に気づくと
「今はもう無茶なことはしないから」と安心させるように微笑んでくれた。
だけど、それは秦野の事情で、秦野に恨みを持ってる連中の知ったことではないだろう。

秦野を助けなくては!
そう思ったが、足が竦んで動けない。

――秦野は強いから、大丈夫だよ。

そんな声が頭の中でした。

――だから、無理に助けなくても大丈夫。ここで待っていればいいよ。

そんな、ずるい声。
恐怖心に支配された俺の弱い心の声。

確かに秦野は強い。
筋肉質のがっしりした身体で手足が長く、身体能力に優れ、
反射神経が抜群で、なによりも度胸がいい。
実際に喧嘩の場面は見たことがないけれど、
噂では7人を相手にして全員のしたことがあるらしい。
俺が秦野と親しくなったのも、他校の不良数人に絡まれてた俺を
秦野が助けてくれたのがきっかけだった。
「うちの学校の奴に手を出すんじゃねぇよ」と秦野が睨んだら
俺を脅かしていたやつらはあっという間に逃げていったっけ。

それからお礼代りに俺が秦野の苦手な英語の手助けをするようになって
だんだん親しくなっていって、
あるとき「俺、建築デザイナーになりたいんだ」と
夢を語ってくれた秦野の照れ臭そうな笑顔に胸がドキンとして、
その笑顔が頭から離れなくなって、
その気持ちが恋だと自覚して狼狽えて、
挙動不審になった俺を秦野に心配されて、
結局半泣きで告白したら受け入れてもらって、
その後やっぱり泣きながら「秦野の全部がほしい」ってねだったら
やっぱり受け入れてもらって。

強面だから周囲から恐れられているけれど、
誰よりも心が広くて、優しくて、暖かい、秦野。
そう、俺の大切な、大好きな、恋人――。

「秦野!」
考える間もなく、夢中で駆け出した。
神社の裏の空き地に飛び込み、秦野と不良たちの間に割り込む。
秦野が俺を助けてくれたときと同じように、秦野を背後に庇った。
「秦野に手を出さないでください。俺が、代わりになります」
格好良く言い放ったつもりだったけど、耳に響いた自分の声は
甲高く、震えていた。
それでも、ガクガクしそうな足を踏ん張って、精一杯、目の前の相手を睨みつけた。

俺の前に立っていたリーダー格らしい目つきの鋭い男が、
驚いたように俺を見つめ、それから、笑い出した。
馬鹿にするなと頭にかっと血が上ったけれど――。
「水越……それ、俺のダチ」
背後からの声に振り向くと、ものすごく気まずそうな秦野の顔。
「俺に因縁つけてた奴、追っ払ってくれたんだ」
「え?」
慌てて視線を戻すと、いまだおさまらない笑いにくつくつと肩を揺らしていた男が顔を上げて、
「愛されてるねぇ、秦野」
俺の肩越しににやりと秦野にウィンクを送り、それから、
「秦野をよろしくな、水越クン」
俺の肩をぽんと叩いて、仲間とともに去って行った。

秦野と俺は、しばらく居心地の悪い沈黙の中に残されたが。
「なんか、ごめん」
「ありがとな、水越」
二人同時に口を開き、それから顔を見合わせて笑いあった。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年02月01日 09:35