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ヤクザと公務員

「う、嘘吐きィィィィッ」
 大の男がボロリ、と涙を零した。序でに言うなら鼻水だって垂らした。
「あのね、ショウちゃん、俺は嘘なんてひとっつも吐いてないよ?」
「だ、だってお前!!!公務員だって言ったじゃねぇかッ!!」
「うん、だから公務員だって」
「じゃあこれは何なんだよッ!!!」
 ビシッと効果音が鳴りそうなくらい勢いよく眼前に突き出されたのは、ついうっかりコートのポケットから落してしまったものだ。
それを目敏く、いや、見た目と職業を裏切って存外繊細で気配りのできる心優しい彼は拾ってくれたのだ。
その瞬間、凍ったように動かなくなった彼の表情は傑作だった。思わず携帯で撮った画像はしばらく待受けに設定しようと思う。
 彼が涙ながらに突きつけるそれは一見黒いパスケースに見えなくもない。ただ表にも中にも燦々と煌めく文字が記されている。
「け、け、警察だったなんて…ッ」
 ついうっかりポケットからポロリとさせた警察手帳を彼が拾ったのだ。
 さて、これのどこが問題なんだと思うだろうか。どうしてこんなことで嘘吐き呼ばわりされなければ?
警察だったなんて…マサくんかっこいい惚れ直しちゃう、と普通なら言われるのでは?
 そう、問題なのは彼、ショウちゃんの職業にある。何を隠そう彼はおヤクザさん、警察は天敵なのである。

 彼と出会ったのは半年ほど前、所謂ゲイバーと呼ばれるマイノリティな恋愛観に悩む男たちが素敵な出会いを求めて集う少々アダルトな酒場でのことだ。
 はっきり言おう。一目惚れだった。
お世辞にもかわいい顔立ちとは言えない厳つい男が、笑うと子供みたいに屈託なくて、何より前歯が一本抜けている様にどうしようもなく心を奪われた。
因みに、余談ではあるが、数週間後差し歯が完成したそうで歯抜け姿は拝めなくなった。
 彼とは酷く気が合った。アッチの相性も酷く良かった。
俺の猛アタックも相まって出会ってから三回目で晴れて恋人同士となれたわけだが、そのときちょっとした問題が発生した。
「そう言えばマサくん仕事何してんの?俺は――」
 彼が口にした会社はちょっと詳しい人なら誰でも知ってるくらい有名なヤクザ企業だった。
一瞬間だけ悩んで「しがない公務員だよ」と笑って答えた。
 嘘は言っていない。嘘は。
 ただ、どうやらこのとき彼は役所で働く公務員と勘違いしたらしい。
まあ似たようなものだし、ショウちゃんがヤクザだとか俺が警察だとかそんなものは取るに足らない瑣末なことだった。
「えー、でもショウちゃん警察ごっこ好きじゃん」
「それとこれとは…ッ」
「制服とか手錠とかいつもより―…」
「黙れよおおお」
「俺のこと嫌いになった?」
「…………」
「俺と別れる?」
「……ぐっ」
「愛してるよ、昭次郎」
 グッと眉間に皺を寄せていた彼は顔をくしゃくしゃにしてまた泣き出した。もちろん鼻水も垂れている。
「俺もマサくん好きだよおお」
 涙と鼻水でぐっしゃぐしゃの汚い顔で抱きついてくる彼の頭を撫でた。
 泣き止んだ彼が「なぁ、今度取り調べプレイしようぜ」と言い出したから、俺とショウちゃんの相性は良いと思う。