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夕暮れ時の二人

「夕暮れ時って切なくなるよな」
「因果関係がわからない。切なくなる、の主語はマスターか?」
「そうだよ。んー…なんかこう、終わっていくなーって感じ」
「終わるの主語は?」
「今日と言う日が」
「日付が変わるまであと5時間30分程度あるが、誤差の範囲内と考えていいのか?」
「いやそうじゃなくてさ…うん、じゃあ訂正しよう。太陽とサヨナラするから寂しい」
「別れが寂しいから、マスターは夕暮れを見て切なくなるのか?」
「そうそう。誰とだって、お別れするのは寂しいだろ?」
「無生物を生物のように扱う表現を用いるのはマスターのパターンとして既に認識している。
 しかし、明日の日の出は午前4時42分だ。同等の表現をすれば、約10時間10分後に
 太陽とは再会できる。よって、そこまで寂しいと感じる必要は無いのではないだろうか。
 現に、マスターは同僚との別れについて『切なくなる』『寂しい』と私に漏らしたことはない。
 しかし例外的に、太陽との約10時間10分の別離がマスターにそこまで重大な事項であるのならば、
 滞在地点の拘りさえなければこのまま追いかけることも可能だ。シップの手配をするか?」
「なんだそれ。ロマンがねえなー」
「不愉快に思われたのなら謝罪します。今の提案は取り下げ、パターンを破棄します」
「いいよいいよ。不愉快じゃない、怒ってないから。まったく、急に丁寧語になるなよ」
「謝罪の意を表すには口調も大事だと、過去にマスターが言った。私はそれに従っている」
「うわ、責任転嫁かよ」
「マスター、先程の『ロマン』の定義は?」
「切替早っ!…えーと、夕暮れってさ、昼と夜の隙間だから美しいんだよ」
「……。マスターの話はよく飛躍する」
「してないよ。昼間の空は青いだろ?対して夜は黒、いや俺としては深い藍色かな。
 一日のうちで大半を占めるのがこの二色。その隙間にほんの僅か存在するのが夕暮れの赤だ」
「日の出は?」
「まあ、それもだけど。今は夕暮れの話。空が綺麗に赤くなるのなんてせいぜい数分間」
「希少価値を見出して有り難がる人間の価値観か」
「なんかトゲのある言い方だなあそれ。まあ概ね正しいよ。俺はほんの数分間だからこそ夕暮れが好きなんだ。
 だから、夕暮れを追いかけていっても無意味。つーか、追いかけていったら夜が来ない。邪道邪道」
「マスター、すまないが情報を整理したい」
「あはは、いいよ。どうぞどうぞ」
「マスターは、夕暮れ時は切なくなる」
「うん」
「太陽と別れるのが寂しい、だから切なくなる」
「そう」
「しかしマスターは、夕暮れを美しいと認識していて、かつ夕暮れが好きである」
「おお、ちゃんと情報の取捨選択して理解してるじゃん。メモリ増設した甲斐があったな」
「切なくなるとは、人間のネガティブな感情だと理解している。切なくなるのに、好きなのか?」
「そうだよ」
「…………」
「お、悩んじゃった?フリーズ?」
「マスターの言動を理解するにはある程度の矛盾を許容する必要があると学習している。問題ない」
「それ、俺に対する悪口じゃないの。まあいいや。…って、もう真っ暗だな。ラボに戻るか」
「マスター、申し訳ありません」
「え。なんで急に謝るわけ?」
「あなたの好きな夕暮れの時間を、私との会話で消費させてしまいました。
 マスターが夕暮れを見ていた時間は約30秒、そこから日没までマスターの視線は私に向けられていた」
「なんだ、そんなことか。いいよ、明日も見れるんだから。明日も晴れだよな?」
「降水確率は10パーセント」
「だったらノープロブレムだ。じゃあ、明日は今日の学習を踏まえて二人で夕焼け空を見ようか」
「了解した」
「そのときは手でも繋ぐか?」
「命令であれば、そうしよう」
「それじゃつまんねーよ。明日までにどうしたいか考えとけ。ふふん、明日の夕暮れ時が楽しみになったな」
「楽しみ?切ないのでは?……マスター、待ってくれ、今の言葉の意味は――」