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王佐の才

世は乱れた。
かつて、あまたの犠牲の上に築かれた体制は時を経て形骸と化し、
既に民の不満を抑え込むだけの力を持たなかった。
空白となった権力の座を巡って群雄が相争い、至るところが戦場と化した。

そんな時代に生を受け、戦乱で二親を失った少年がいた。
市で一切れの餅を盗もうとして折檻されていたところを、通りすがりの男に拾われた。
男は無位無官、当時手勢数百の頭に過ぎなかったが、
いずれこの国を統べるのだと夢を語った。

少年は男について行くことにした。景祥という名をもらった。
まったくの無学だったが、雑務の合間に男から読み書きを習い覚えた。
生来聡明であった景祥はその後多くの師に学び、長じて男の片腕となった。
神算鬼謀をもって勢力を支え、他の股肱達と力を合わせて版図を広げていった。
そしてついには天下を平定し、男を王の座に押し上げたのである。

王朝樹立後、景祥は宰相として新体制の整備に奔走していたが、
積年の疲労がたたって病に倒れ、ほどなく危篤におちいった。

振り返ってみれば、短くとも実に幸せな生涯であったと景祥は思った。満足だった。
この身を捧げるに相応しい男と巡りあえただけでも、どれほど幸運だったか知れない。
同じ夢を見た。ともに戦い抜いた。志半ばに散っていった者も多かったが、
生き延びて夢の結実を目にすることさえ叶った。私は本当に果報者だ。
これで今一度我が君にまみえることができたなら、どんなにかよかっただろう。
しかし、もうその時間の残されていないことを景祥は知っていた。
死の床で側近に後事を託し終えると、末期の息に主君の名を呼んで、静かに事切れた。

景祥の死は王の胸をえぐった。片腕と恃む腹心であり、
誰よりも愛した掌中の珠を、もぎとられるように失ったのだ。
心痛から政務に障るほど酒に溺れるようになり、次第に臣民の心は離れていった。
この分では、遠からず戦乱の世が戻るだろうと囁く者さえ出始めた。

そんなある日のこと、王のもとに一通の書簡が届けられた。
景祥の手によるものだった。
遺品の整理をしていた家人が見付けて、王に奉じた。
王のものとよく似た癖のある筆跡で、最後の思いが切々と綴られていた。
王は堪らず泣き崩れた。人目も憚らず、子供のように声を上げて泣いた。
泣いて泣いて、この国こそが自分達の夢であったことを思った。

以来、王は我が子のように国を慈しみ、善政を敷いたという。
後世に希代の名君と讃えられた王と、その偉業を支え続けた忠臣、景祥の物語である。