子どもの頃は受けに泣かされていた攻め

「先生!」
「…病院内でデカイ声をだすな」
「もう診察時間終わってんだから別にいいだろ、それよかメール見た?見た?」
「ああ」

先生と呼ばれた男は、思わず口許を緩ませる。
「合格おめでとう。晴れて俺の後輩だな」

青年が選んだ進路は、男の母校である大学の歯学部。

「お祝いに何か買ってやろうか?何が欲しい?ゲームか?」
「ガキかよ!」
「ガキだろ、俺から見りゃあな」

お前が小学生の頃から知ってんだぞ、そう言って青年の髪に手を伸ばし、くしゃりと撫でてやる。。
ただの歯科医と患者と呼ぶには親しい存在だ。
自分に憧れて歯科医を目指す、と言ったこの青年を、可愛く思わないはずがない。
大切な、弟のように思っている。
…それが、青年の望まないことだと薄々察しながら。
案の定、青年の瞳に不機嫌なひかりが宿る。

「…ねェ先生、先生にとって俺はいつまでガキな訳?」

唐突に、青年の手が、ぐ、と男の手首を掴む。
思わぬ程近くに青年の顔。
酷く、真摯な。
見たこともないような強い視線に穿たれて、一瞬、ぎく、と大袈裟に身体が強張った。
眼前の青年が思わず目を見張る程あからさまな反応に、一番驚いたのは男自身だ。
思わず目を逸らした。失態を悟り、内心、焦る。
良くない、立て直さなくては。
さり気なく、掴まれた手をほどきながら口を開く。
「…歯医者、で、泣く奴を、大人とは言わん」

男の言葉に、青年の顔が、見る間にかぁぁ、と紅潮する。
「いっ…幾つの頃の話してんだよオッサン!」
「お前は高校にあがるまで泣いていた」
「反射で涙が出るだけだっつーの、泣いた訳じゃねェ!」
「そういうのを泣くと言う」
「うぁーーーっ!もう!!!」
青年は俯いてがりがりと頭を掻く。
いつもの空気。男は安心したように小さく息を吐く。

「さあもう帰った、俺はまだやることがある」
ひらひらと手を振って青年を促すと、青年は口を尖らせながらも、従う。
「…まあいいや、今は。早く一人前の歯科医になってアンタに俺を認めさせるから」
「…そーかい」
「…それに」

扉の前、振り返って青年はニヤリ。
「……まったく脈がねぇって訳でもなさそうだし?」
「……。」

扉が閉まる。
残された男は、手酷く痛め付けられたような顔をした。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年08月15日 01:21