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昆虫採集

「……まだ三月の初めだぞ?」
「何が?」
一応確認してみたのだが、神崎はわずかに眉を寄せただけだった。
「昆虫採集つったら夏だろ?」
俺が首を傾げると、今度は少し呆れたような表情になる。
「そんなことない」
「でもさ、セミはまだ地面の下で爆睡してるんじゃねーの?」
「どうして蝉限定……というか、蝉は地中で眠っているわけじゃないから」
淡々と答えながら、神崎は白衣をハンガーに掛けて隣のジャケットを取った。
白衣を脱いだら見た目年齢が少し下がるなあと頭の片隅で思いつつ、俺は声を投げる。
「じゃあ蝶か。それでもまだ早いだろー。菜の花咲いてねえし」
「違う。なんで菜の花……いや。そもそも、俺はただ昆虫採集に出かけるわけじゃないんだけど」
「あれ、違うの?でもムシ採るんだろ?」
「遊びじゃない。フィールドワークだ」
「一緒じゃん」
軽く言ったら睨まれた。
しまった、と俺は内心慌てる。俺は不用意な発言で神崎を怒らせることが多い。
「安藤、そろそろ片付けて」
しかし、再び俺の方を見たその表情は、どうやら怒ってはなさそうだった。
「この部屋、カギかけるから」
「あ、そっか」
俺は慌てて弁当ガラをコンビニの袋に入れて、パイプ椅子から立ち上がる。
そして、ふと思いついた。
「なあなあ、俺も一緒に行っていい?」
訊ねると、神崎はきょとんとした表情を浮かべた。
「天気いいし。春先の昆虫採集っていうのもなんか面白そうだし。駄目?」
「……だからフィールドワークだって」
そう言った神崎の表情はもういつもの無愛想に戻っていたが、声の調子は柔らかかった。