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水の中

水の中では、僕らに言葉は要らなかった。
ただ泳いでれば、水は僕とアイツを繋いでいて、言葉を使わないで互いを分かり合えた。


「俺、水泳辞める」
「え、何で」
高校からの帰り道、唐突に天野は言った。いつもみたいに、ぶっきらぼうな声で。
あんまりあっさりと言うもんだから、僕の耳がおかしくなってしまったのかと思ってしまった。
小さい頃からあんなに水泳好きだったのに。なんで辞めるなんて言うんだろう。
「何でだよ」
立ち止まった僕から数歩歩いて、天野は振り向いた。
よくわからない、恥ずかしそうな、気まずそうな複雑な顔をしていた。
「お前は、大会とか行きたいんだろ」
「うん」
「俺は、そういうの、思ってなくて、ただ、水泳が好きなだけで、泳げれば、それでいい」
口下手な天野は、ちょっとずつ考えながら言葉をつむいでいる。
「うん、知ってる」
昔から、天野は泳ぐのが好きだった。誰よりも泳ぐのが速くて、人間のくせに魚みたいなやつだった。
僕は、そんな天野が好きで、ちょっとでも天野とおんなじ楽しさを共有したくて水泳を始めたんだ。
プールや海で泳いでるとき、僕らは言葉なんか使わなくても楽しいのが分かったし、笑いあってた。
だから、どうしてそんな天野が水泳辞めるんだろう。
「笑うなよ」
「え?」
「これから言うこと、笑うなよ」
「う、うん?」
「俺さ、人間になりたい」
「へ?」
人間。人間ってなんだ。人間になるってなんだ。それが水泳を辞める理由か。
「なに、それ」
天野は、ガシガシと頭を掻いた。あんまり他人に言いたくないことを喋るときの天野の癖だ。
「泳いでると、楽しい。けど、よく考えてみたら、べつに、水泳部じゃなくても、いいし」
「そりゃ、そうだけど、自由に学校のプール使えるのは水泳部くらいじゃないか。大体、人間になりたい

ってなんだ。お前はちゃんと人間だろ。違う?」
そう言うと、天野は苦しそうな顔をした。なんか、僕不味いこと言っただろうか。
「お、お前、には」
「なに」
「お前には、わかんないよ」