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熱帯夜

倉庫の中はひどく蒸し暑かった。
後ろ手に拘束され座り込んでいる状況で、その息苦しさは、自由にならない苛立ちを倍増させる。
身体に溜まる熱を逃がすように深く息を吐き出して、埃っぽい床の上からハンカチ大に切り取られた
夜空を見上げた。
申し訳程度に設えられた高い窓からは、満足のいく空気の循環が得られる筈もなく、けだるげな月の
光だけが、篭った熱に溶けながら、じわりじわりと降りてくる。

奴らが親切に水や食料を運んでくるとは思えない。このままでは、脱水症状に陥るのではなかろうか。
嫌な考えに、顔が歪む。
「ったく、なんでオレがこんな目に。冗談じゃねえ」
「誰のせいだと思っているんだ」
滴る汗に首筋をなぞられる不快感に、舌打ちしながら呟くと、背後から押し殺したような硬い声が
返ってきた。

すぐ、後ろ。
こちらと同じく戒められ、背中が触れ合う距離に居るのは、同期の男。
今回の任務遂行の為の、協力者。俄か仕立ての相棒。
たぶん、今、この世で最もいけ好かない奴。

「解っているのか?君が俺の指示を無視して暴走しなければ、こんな事態にはならなかった」
抑えた溜息と共に肩を落とす気配に伴い、腕の先で手錠の鎖がカチャリと音を立てる。
無機的で硬質なそれが、ひどく癇にさわった。
「うるせえな!お前のやり方はまだるっこしすぎるんだよ!!この世で自分が一番正しいみたいな顔
すんな!」
首を捻って睨み付けると、不愉快そうに眉をしかめた横顔から、冷たい視線がこちらを一瞥する。
「開き直りか、無様だな。いちいち喚かないでくれないか。ただでさえ暑いのに、欝陶しい」
「なんだと!喧嘩売ってるのかこの野郎!」
思わず掴みかかろうとして、しかしそれは叶わず、もがくように身体を揺するしかない。
「痛い。君と俺の手錠は繋がっているんだぞ。君が一人で勝手に捕まったり、手首を傷めるのなら
構わないが、少しは他人の迷惑も考えろ。無駄に暴れるな」
「お前っ……!」
畳み掛けるように言うだけ言った相手が、うるさげに身をよじった分、互いの間に隙間が出来る。
そこから思いがけず生まれた清涼感に、ふと心が鎮まった。

自分と相手の汗を吸い込んだシャツの背中は、人の重みを失った軽やかさを感じる。
意外だった。
いつだって一人淡々と仕事をこなして、こちらの意志も存在も、まるで意に介さない奴。
だからなんとなく、こいつには温度も実体も無いような気がしていたのだ。

「……なんだよ。お前だって、十分暑苦しいんじゃねえか」
「なんだそれは?君にだけは言われたくない台詞だな」
不満げに鎖が鳴って、手首に軽く負荷を感じたから、お返しとばかりにドンと背中ごとぶつかって
やる。
「……ここを抜け出したら、覚悟しておけよ」
「へっ、そっちこそ」

熱気渦巻く闇の底、夜はまだまだ続く。