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魔法使いの弟子

魔法使いの弟子なんてろくなもんじゃない。
理由その1
弟子は師匠の生活の世話をさせられるから。僕がなりたかったのは魔法使いで、介護人じゃないのに。
理由その2
師匠は異常に惚れっぽいのでいつも男性に一目ぼれをする。その尻拭いは僕がさせられるから。その上師匠の性別は男。
理由その3
師匠が今日も依頼人に惚れて料金をタダにしちゃったから。

「師匠、お腹が減りました」
「杖を振って食べ物を出したまえ」
依頼人が満足してこの家の扉を閉めたあと。
師匠はいつも通り、恋する瞳をぼんやりとその辺の天上に瞬かせていた。
「そんな魔法習ってません。やってみせてくださいよ」
「いつまでも僕のことを頼っていてはダメだよ。いつだって弟子は師匠を超えてやるというぐらいの気概がなければ」
「そんなこと言って、本当は出来ないだけでしょう」
「そんなことはない。ただちょっとさっき仕事をこなしたから疲れているんだよ」
心外なという風に師匠は僕に肩を竦めて見せた。
だけど僕は知っている。師匠が働きたくないのはついさっきした一目惚れのせい。恋した後の師匠はいつも以上に役立たずになってしまう。
「仕事って、ああ、ただ働きしたさっきのあれですか」
「そんなふうに言っちゃだめだよ、君。あれは僕から彼への無償の愛なんだから」
「依頼人、悩みが解決したらとっとと帰っちゃいましたけど?」
今日のどうしようもない依頼はさる男爵が浮気相手に子どもが出来たという。それがウソか本当か見極めてくれと言うものだった。
どうしようもない依頼だろうと、5日は空腹に煩わされないだけのお金が入るはずだったのに。
なのに、この師匠ときたら!
「連絡先はわかってるからデートは取り付けられる。大丈夫」
師匠はどうしようもないダメ男に弱い。自分だってダメ男なくせに。
「調べたんですか、魔法で」
「うん」
僕が睨むと、師匠は悪びれずうっとりした目で頷いた。
そんなことばっかり早業でどうするんですか、師匠。
うっとり夢見がちな視線で師匠は窓の外に視線を走らせた。
窓の向こうには浮気な男爵がいるかと思うと胸がむかついた。
「違法ですよ、ばれたら免停ものだ」
「愛のなせるわざだよ」
「愛じゃお腹は膨れません」
「わかった、しょうがない。ほら、ここにペンがある。よく見て。これをこう、杖をくるっと回して一言、パンになれ!」
ポン、とペンを持つ手元から煙が出て次の瞬間には握っていたペンはほかほかの湯気を立てるパンになっていた。
「ほーら、焼きたての白パンになった!」
にっこり、得意げに師匠が笑う。僕だってやればできるんだよ。師匠は笑う。
いい歳をした男の笑顔を可愛いと思ってしまうのは空腹が成せる症状だ。きっと、多分。
「すごいです師匠。でもこのパンインクと木の味がします」
「まあ、元がペンだからしょうがない。ほら、ジャムでもつければなんとかなるんじゃないかい?」
「師匠、ジャムはもうとっくに空っぽです。この家には食べ物なんてチーズの欠片一つありません」
この家の主がこの師匠である以上未来永劫食料庫が満杯になることはまずないだろう。
僕がいないと本当にダメな人だ。苔桃のジャムが3ヶ月前になくなっていたことすら気づいていないなんて。
「まあ、いいじゃないか。僕の愛の味がするだろう?」
師匠はパチンと音を立ててウィンクした。いかにもキザな仕草だ。
だけど僕は、そんな師匠のダメっぷりにも怒ることすら出来ない。
師匠に微笑みかけられた僕に出来ることなんてただインク味のパンを齧るだけ。本当はもっと怒らなきゃいけないところなのに。
目の前の魔法使いは幸せそうに僕がパンを齧っているのを眺めている。
少しはこっちの思いに気づけ、このバカ師匠。
魔法使いの弟子なんて、やっぱりろくなもんじゃない。