※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

お隣さん

「あ」
「……はようございます」

玄関のドアを開けると、ちょうど隣に住む男が部屋の鍵を閉めているところだった。
俺と目が合った瞬間、彼がぺこりと頭を下げた。
寝起きなのか、最初の方があくび交じりだった。

「おはようございます」

挨拶をされたので俺も頭を下げる。
今日の彼はスーツだ。
彼と鉢合わせするときは大体私服だったが、ここ数日スーツ姿の彼と会うことが多い。
……もしかすると、就活か?なんて推測してみる。
大体仕事に出かける時間に彼と出くわすので顔は知っているけれど
俺は彼がどんな人間なのか、仕事は、趣味は、その他もろもろ何も知らない。

思えば彼が引っ越してきて1年あまり。
今の若者にしては珍しく、タオルを持って引っ越しのあいさつに来た彼。

「隣に越してきた田賀っす。よろしくお願いします」

と、どこか間延びした口調に、どうも、と礼を言うくらいだった。
その後も特に交流はなく、顔を合わせたら挨拶を交わすくらいだったのだが。

「スーツ姿、決まってますね」

その日は彼に、そんな一言を口にしてみた。
特にたくらみも、考えもない言葉だった。つまり気まぐれだ。

「……あ、ありがと」

だが、彼の方は普段挨拶しか交わさない俺の言葉によほど驚いたらしい。
目を丸くして俺を見て、たどたどしくそう答えた。
ああ、まずかっただろうか。突然こんなこと言ってしまって。
気まずさにその場をすぐに立ち去ろうとしたら、彼が俺に向かって声をかけた。

「すげ、うれしいっす」

振り返ってみた彼の顔は、いつもの彼よりくしゃりと笑っていた。