どこか狂ってる人とその彼をうまく扱える人
リュウヤが白衣のまま玄関に倒れこんできた。
疲労困憊、顔面蒼白。まさにそんな感じで。俺は慌てて駆け寄った。
「た、だいま」
「おい!リュウヤ!」
蹲ったまま息を荒げているリュウヤの顔を覗き込むと、リュウヤは思いの外強い眼光でこちらを見た。
そしてもう一度、言い聞かせるように言う。
「ただいま」
やれやれ。言いたいことはわかった。
「……おかえり。大丈夫なのか」
そう言うと、リュウヤは満足そうにニヤッと笑った。
こいつは俺が「おかえり」と言うのを聞くのが好きらしい。
たまに言い忘れると、「おかえり」と言うまでこっちの話を聞いてくれない。
「大丈夫。根を詰めすぎただけ」
そう言って立ち上がろうとするのを押しとどめる。
「待て。肩貸すから、よっかかれ」
よほど辛いのか、素直に肩に手を回してきた。そのままリビングのソファーに連れて行く。
俺より背が高いくせに、俺より細い腕。棒っきれみたいな奴だ、と思う。
ソファーに座らせ、白衣は脱がせて洗濯機に放り込む。
レモンティーを淹れるためにお湯を沸かしながら、ぽつぽつと会話をする。
「研究の成果は?」
「上々だよ」
「身体は大事にしろよ」
「わかってる」
答えるリュウヤの声が心なしか弾んでいて、珍しいな、と思った。
俺が「大事にしろ」と言うといつも、リュウヤは困ったような顔をした。「大事にする」という感覚がよくわからないらしい。
すぐ捨てる、すぐ壊す。愛着と言うものがないのだろうか。
自分のことすら蔑ろにする。少し前まで、倒れるまで研究室に籠ることはザラだった。
家で待っている身としては非常に心臓に悪い。
今日のような状態で「帰ってきた」というだけで褒めてやってもいいぐらいだ。
そう思って「帰ってきてくれてよかった」と言おうとすると、先にリュウヤが口を開いた。
「ケイタがそうやって言うから」
「え?」
突然自分の名前が出てきて戸惑う。
聞こえなかったと思ったのか、リュウヤはもう一度繰り返して続けた。
「ケイタがそうやって言うから、大事?にする。今日だって帰ってきたし」
「……だよな」
やばい、嬉しい。
黙々とレモンティーを淹れているように見せかけて、にやつくのを抑えるのに必死。
どうにか零したりすることなく二人分のレモンティーを淹れ終えて、リュウヤのもとへ向かった。
「はい、どーぞ」
「ありがとう」
リュウヤがティーカップを両手で受け取り、俺はその隣に座る。もうお決まりになった一連の流れ。
こてん、とリュウヤが寄りかかってきた。
「ケイタ」
「なんだよ」
「俺、わかってきたかも。大事にする、ってこと」
「おお、本当か!?」
「うん」
「良かった、良かった」
俺の反応が不満らしく、まだ何か聞いてほしそうにちらっとこちらを見る。わかりやすい奴。
「なんでわかるようになったんだ?」
そう聞くと、ころっとニコニコし始めるリュウヤ。
「全部ケイタだって思えばいいって気づいたんだ」
「……どういうこと?」
すると奴は、“とっておきの秘密”を喋る子どもの様に耳打ちしてきた。
「鉢植えも、水槽も、水槽の中の金魚も、石ころも、赤の他人も『あれはケイタだ』って思ったら、なんか……大事?に、できる」
そして、一際大きくにっこりして、嬉しそうに言う。
「今日発見した。だから、今日はずーっとケイタと一緒にいたんだ」
……こいつは。
ああもう、いま俺の顔どうなってんだろう。
「……大発見だな」
「うん、大発見」
この幸せが続けばいい、なんて。
柄にもなく願ってしまってもいいだろうか。
最終更新:2013年08月09日 00:12