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いつまで経ってもお互い敬語のカップル

「あ、お疲れ様です。今日は残業ですか?」
「お疲れ様です。そうなんですよ……残業って言うか徹夜でして」
そう愚痴ると、あぁー、と同情的な声をくれる。
良かったら今から食事なんですがご一緒にいかがですか?と聞くと
(俺の希望的観測かもしれないが)嬉しそうに頷いたので、社を出てすぐの
早くて安くて美味いうどん屋に連れ立つ事にした。

「いいんですか?今から徹夜ならもっときちんとお腹に溜まるもののほうが」
「いやいやー、もう年ですんでね。食べ込むと消化できなくて」
「またそんな、年とか……」
「年ですよー、もう35ですよ、おっさんです」
そういいながら一味に一瞬目をやるとすかさず手渡してくる。
阿と言えば吽、ツーと言えばカー。……この連想もおっさんだなと我ながら思う。

「そんなことより斉藤さん、そろそろ敬語止めて頂きたいんですが……」
「えっ、何言ってるんですか!上司に向かってそんな事できませんよ」
「でも僕の方が年下ですし」
「だけど上司です。遠野さんこそため口で良いんですよ?」
「えー、いや恐れ多くて」
「何が恐れ多いんですかー、もっとこう、尊大に“コピー取って来い”とか?」
「絶対言えません!」
笑いながらも断固たる拒否の姿勢。だけど、その顔は柔和で壁を感じさせない。
エリートとして入社してきて、あっという間に俺の上司。
それなのにいつまでも低姿勢を崩さない。人当たりも抜群に良い。
軽い反発心は一瞬で尊敬に、尊敬が恋心に変わるまで時間はかからなかった。

「じゃあ、せめてプライベートではため口。どうです?」
「どうですって……プライベートあんまり共有してないじゃないですか」
「だからですよー、それなら抵抗少なくないですか?」
「お互いに敬語ナシで?」
「お互いに」
「うーん、じゃあ……亮太」

変化は劇的で、一瞬だった。
名前を呼ぶと、酷く動揺を浮かべた顔で、麺をすくい上げた箸を取り落とす。
「……すいません、やっぱ敬語で」
そう言われてちょっとだけ落胆する。せっかく距離が縮められたと思ったのに。

「……貴方に名前で呼ばれるだけで、凄い照れるんですけど」
そうぽつりと言われ、耳を真っ赤に染めた上司を見て俺も箸を取り落とした。