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初恋の人との再会

ほんのちょっとだけ胸糞注意(不倫?)です。



嫁さんにメール。
『これから電車。帰りは八時頃になる』
薄暗い蛍光灯が陰気な車内は、ひときわ疲れを感じさせた。
目の奥が疲れて痛くて、携帯を眺める気にもならない。
車窓に頭を預けて目をつぶっていると、突然小さな声で「田中?」と呼ばれた。

かすむ視野に見えたのは、普段着の男。
誰だっけ、知ってる奴?と軽く混乱しつつ「えっと、あ、ども」とか意味のないあいさつを口にする。
相手は軽く笑った。
「わかんないか、俺、高校の。安東なんだけど」
高校の……安東。嫌な汗がじんわりとにじむのがわかった。
当たり前だがそんなことはおくびにも出さない。テンション上げて顔を作った。
「ああ!安東かお前!久しぶりだなぁ、どうしてるの、今」
「今日は仕事休みでさ、久しぶりにこっち遊びに来たんだ」
「仕事?」
「そう、覚えてる?俺、寺つぐの」
覚えてる。思い出したら全部思い出した。
忘れていたわけじゃなかった。ただ、経年変化が想像できてなかっただけで。
そういわれれば、安東の髪型は坊主だ。でもなにやら格好いい洋服と合っている。
「今修行と修行の間でさ。しばらく実家に帰ってきてるんだよ。もう勘弁してほしいわ……田中は?就職したんだな、その格好」
「ちっちゃい会社でヒヤヒヤしてっけどな、まだペーペーだし」
「スーツ似合うよ」
覗き込まれて、ぎょっとした。
「……安物だよ」「そう?感じいいよ」
こいつはいつもこんな風だった。育ちがいいせいか、物怖じしなくて、屈託無くて。
俺は安東の服を褒めたりできない。そもそも、顔をまともに見られない。

「うわ、残念、俺乗り換えだ。ケータイ、教えて!」
電車が止まって、安東が急に慌てだした。
「え、あ、なんか、書くもの」
「いいから言えよ!覚えるから!」
俺が番号を叫ぶと同時にドアは閉じて、はたして安東に届いたかどうか。
窓の向こうでにこやかに手を振る奴の様子からは全然わからない。

ひとりになった車内ですっかり目の覚めた俺は、それでも顔を覆わずにはいられなかった。
安東は俺の初恋の相手だ。それも、恋であることにすら気づかなかった……
安東が好きだ、と気づいたのは、卒業して離ればなれになってから。
安東のことを思うと胸が痛い、安東に会いたくてたまらない、安東を独り占めにしたい。
そんな自分の状態に気づいて、まるで好きみたいじゃないか、とか思い至って。
馬鹿な、そんなことあるわけない、安東は男だぞ、って自問して。
じゃあ、もし安東のことが好きなら、キスしてるところ想像できるか?それ以上のことは?って試してみたら。
……およそ思い出したくもない。
そして、俺は自分の身に起きていることが初恋だと知ったんだった。
その驚き。とまどい。後悔。
初恋もわからなかったなんて。男が相手だなんて。何かの間違いだ……
安東のことは苦い思い出になってしまった。安東を封印して、次は失敗しない、と思った。
それから、大学で出会った嫁と普通に恋愛して結婚した。

二度と会いたくない相手のはずだった。
安東は俺の携帯番号を聞いただろうか?そして覚えただろうか。
ひょっとしたらかかってくるかもしれない。覚え間違いで、かけられないかもしれない。
もし……かかってきたらどうしよう。
やりなおすには遅すぎる。俺は安東といい友人になれるんだろうか?
なぜ番号を叫んでしまったんだろう。
安東は俺の指輪を見ただろうか?
まぶたの裏に、安東の笑顔がよみがえる。それは高校の頃の、ふたりきりの時の、あの笑顔。
いい思い出にはやっぱりできそうもない。
なのに今、俺は携帯の電源を切ることができないでいる。