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初恋の人との再会

一度寝ただけだ。二十歳になったばかりの俺はバーで酔っ払って、多分よくある感じで何となくうちに上げてしまった。
奴のテクニックは申し分なく、俺は満足して眠りについたのだがーー。
目覚めは、最悪だった。胸焼けしそうな臭いで起きざるを得なかったのだ。油っぽい、焦げたチーズとケチャップの臭い。
人の家にピザを取るその無神経さと、こうやって他人を連れ込むのだって初めてじゃないのに今更の後ろめたさで、半ば八つ当たりとはわかっていながら尻を叩いて追い出した。連絡先も何も残させることなく。
それから、どうやって番号を知ったのか、一度だけ電話が鳴った。公衆電話からだった。
「これからアメリカに帰るよ」
流暢な日本語だった。
その頃にはあの夜から三年も経っていたし、もう俺は笑ったような返事しか出なかったけれど、それでもどうして鼓動が高鳴っていたのだろう。もしかしたら過日のうちに記憶を失ったことへの恐怖感か、と思うほど不思議だった。

それから何度か、いろんな男と恋愛したはずだ。
けれど、どれも何故か、上手くは行かなかった。

その日の俺は、春の嵐が間近に迫っているというニュースをラジオで聞きながら、何度も膝を揺らしていた。
今日は午前中から打ち合わせの予定だったのだ。しかしついさっきで先方からかかってきた電話は一時間ずらしてほしいという頼みで、俺はタクシーの中で渋々それを受けた。
昼飯も食べ損なったじゃねえか、と追加の恨み言を呟いて、待ち合わせ場所のホテルのロビーで立ったまま書類に目を通していた。
バタバタとせわしない足音が聞こえてくる。
「どうも遅れまして申し訳ありません!緊急で呼び出されてしまいまして……」
こんなにも見え透いたビジネスマンの嘘をつく奴はどんな顔をしているのだろうと、俺は手にしていた書類から目を上げたが、相手はごそごそと名刺を探しているようで、顔はよく見えないがーー。
「ああ、あったあった」
その背だけで、確信が沸いた。
「ラディアン」
「はい?」
間抜けな顔で名刺を差し出す中腰で俺を見上げた奴は、ひどい間抜けづらをしていた。
これは初めて見る顔だ。
俺は、奴が喋るまで黙っていた。すると、向こうも気づいたようだった。
「十年ぶりだね」
静かな声だ。胸の奥がぞわぞわする。
「俺の名前覚えてんのか?」
目の前のすっかり日本人じみた青い目の男は、困ったように眉を下げて口を噤んだ。
俺は呆れてため息を吐く。
「名刺見ろよ」
中途半端に腰を曲げたまま名刺交換をして、ラディアンは何度も俺の名前を呼んだ。

ひとしきりそれらしい商談をし、それじゃあ……と席を立ったところで、ラディアンは俺の腕を掴んだ。
「飲みにいこうよ」
そして、にっこり笑って言い放った。
「お酒、弱かったよね」
その笑顔は、随分前に見た、覚えがある。覚えている。ただそれだけなのに、何で涙が零れるんだろう。
忘れていたと思っていたのに。
待ってた、が声にならなくて、俺は歩き始めたラディアンにただもう、着いて行く。