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@田舎

「お前、東京の大学行くんだって?」
オレがそう聞くと、松田はちょっと驚いた顔をした。
「あれ、なんで知ってるの。まだ先生と親にしか言ってないのに」
「…や、昨日な」
昨晩の松田とおやじさんの大喧嘩が、隣りのオレん家まできこえていたのだ。
「ああ!やっぱりあれ聞こえてたのか。ごめんな~近所迷惑で」
松田はへへっと笑って頭をかいた。
「…なんでオレに教えてくれなかったんだ」
「だってまだちゃんと決まったわけじゃないし…でも絶対に行くよ。
やりたいことがあるんだ。地元じゃできないんだよ」

「おまえまで故郷をすてていくんかぁ!」
昨晩、そう怒鳴るおやじさんの声を聞いた。
この町にはなんにもない、だだっ広い畑と、年寄りと、雪があるだけ。
若者は職を求めて、あるいは寂れた町を嫌って都会へ出ていく。そうしてオレた
ちの同級生もたくさん町を去ることを決めた。
けど、オレはここに残る事を決めている。
一人息子のお前まで町を出たら誰が畑を継ぐんだと親に泣き付かれたせいもある
が、
オレはこのなんにもない町を、生まれ故郷を捨てて出て行くことが後ろめたくで
できないのだ。

「研究者になりたいんだ」
いつだったか、目を輝かせて松田は話してくれた。
松田ならきっとなれるだろう。こいつの頭の良さはオレが保証する。
物心付いた時から一緒にいた。お互いの事はなんでも話した。
だから東京へ行くなんて重大な決意をオレにすぐ教えてくれなかった事に腹が立
つし、すごく寂しく思う。
松田はオレの知らない土地で、オレの知らない世界を見るんだろう。そうして他
の若者たちと同じようにこの町を忘れていくんだろう。
…オレの事も忘れるんだろう。
こいつはこんな田舎で一生を過ごす奴じゃないと、ずっと前からわかっていた。
それでも、この先この町でオレひとり残って送る生活なんて、隣に松田のいない
日々なんて想像もつかない。

かけるべき言葉が見つからなくて、オレは黙って松田を見つめていた。