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and/or

and/or

生粋の文系だね、と評価される僕は、大学の日文学科を卒業して老舗の書店に勤めていた。
対して彼は、情報学を専門に研究する頭まで理系の海に沈んだような男。

全く接点のない二人が出会ったのは僕の勤める書店。
月に二度、判で押したように同じ時間に現れて専門書を購入していく彼は、僕が初めて覚えた常連客だった。
そして、彼に「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは」と声をかけるようになった頃、驚くことが起こった。

「…あれ?」
いつも通り、店内かごから彼の専門である情報学の本を取り出してレジを打っていた僕は、その底に意外なものを見つけて驚く。
それは、この書店付近を扱う賃貸情報誌だった。
「こちらもお買い上げですか?」
間違って入れたのかもしれないな、そう思い彼に尋ねる。
「…それもお買い上げ、だ」
「はい、かしこまりました」

彼はいつもカードで精算するから、通信処理の間少し接客に間が空いてしまう。
いつもはにこにこして突っ立ってるだけの僕だが、さっきの賃貸情報誌というイレギュラーに興味が湧き
軽い気持ちで彼に話しかけてみた。
今は平日の朝、書店は限りなく暇で、専門書のフロアには僕と彼の二人しかいない。
多少の無駄話は許されるだろう。
「お部屋をお探しなんですか?」
彼はつと僕に視線を合わせ、わずかにうなずいた。
「いや、実は私もこの近くに家を探しているんです。今、通勤に二時間かかっているので」

がががっ、とカードの機械が感熱紙を吐き出し、処理が終了したことを知らせる。
「サインをお願いいたします」
ボールペンと感熱紙を差出し、彼があまりうまくない字でサインをしている間に僕は本の包装を終えた…つもりだった。
本を入れた紙袋をテープで綴じ、彼に向きなおると、サイン欄は白紙のままでボールペンも僕が差し出したままの形の保存されていた。
「お客様、何か不備でもございました、か?」
何事か考え込んでいる彼には、僕の声は届いていないようだった。
しばらく、僕らの間に沈黙がおりる。
そして、彼は予想もしないことを口にした。

「これは勝手な提案なのだが、私と一緒に暮らさないか?」

それから彼は、僕が今フリーであることをしつこいぐらい確認し、僕と彼が同居することのメリットについて理路整然と述べ始めた。
要約すると、ルームシェアをしたほうがお徳であり、ルームシェアは全くの他人同士の方が上手くいきやすい、
という事を言ってたんだと思う。
僕は理系コンプレックスなので、そうやってハッキリと主張されるとその気になってしまうというか、頷くしかなくなるというか、
そんなこんなで、彼とルームシェアをすることを検討する…八割方了承したような形になってしまった。

そんな感じで、始まった僕と彼の生活。
他人と暮らす、ということに多大な不安を抱いていた僕だったが、生活は案外うまく回っていった。
2Kのマンションで、共用スペースは小さなカウンター付きキッチンとバストイレのみ。
彼は夜型だし、僕は勤め人、二室それぞれで一人暮らしをしている感覚に近い。

それでも、やっぱり一緒に暮らしているから、話しながら酒を飲んだり、一緒に朝飯を食べたりすることもある。
お互い今まで全く触れたことのない人種だから、いちいち会話がかみ合わず、いい年して戸惑ったり笑い転げたり(おもに僕が、だが)する。

僕が一番不思議だと思ったのは、and/orをどう感じるかの違いだった。

「僕と彼がいる」が、andで、「僕か彼のどちらかがいる」がorだと、僕は思うから
それなら絶対andのほうがイイ、そう思うと彼に言ったら、

彼は情報学の人間だから、論理演算でAND-ORをとらえるのでそうは思わない、と言った。
首を傾げる僕に、彼は懐かしい数学の図を描いて見せる。正式にはベン図、というらしい。
二つの丸が横に並び、一部が重なっているあれだ。

彼は片方の丸に自分の名前を、もう片方の丸に僕の名前を書き、説明を始める。

まずは二つの丸が重なった部分にだけ色を塗る。これが彼の言うAND、らしい。
僕と彼の交わっている部分だけ、を指しているみたいだ。
次に彼は、二つの円をすべて塗りつぶしてしまう。
僕と、彼と、そしてふたりが交わっている部分全部が塗りつぶされる。
これが彼のいうOR、らしい。

「…私は…だから、ORのほうがいいと思う」

これが、彼からの遠まわしすぎて100人に聞いても誰一人理解できそうもない愛の告白だったことに僕が気づくのはもっと先の話。

文系の僕が言い直すのなら、
「君のすべてが欲しい。僕もぜんぶあげるから」
かな、くさいな…。