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義理の兄弟な大学生×小学生

小2の終わりに、父と母は離婚した。しかしこの上なく円満に。
ドラマや小説で取り上げられるような愁嘆場はまず以って演じられることがなく、
離婚に纏わる問題の中でも特に重大なものとして扱われる子供の親権問題、つまり
一人息子である僕自身の身の処し方の事なのだが、やはりそれも問題になる前に
綺麗さっぱり片付けられてしまった。

いや、片付けられたと言うのは語弊がある。なんせそれだと僕が受け身だから。
正確には父と母は僕に十分な猶予と選択肢を与え、僕は自ら選択した。母と一緒に行くと。
理由は非常に明確で、それだけに俗っぽかった。
その理由を説明するには、僕の両親の離婚の原因をぶっちゃけてしまうのが手っ取り早いように思われる。
父と母は結婚9年目にして互いに別の女と別の男に惹かれてしまったのだ。
毎朝男の戦闘服である鋼鉄のスーツを身にまとい、エリートオーラを全身から溢れさせながら颯爽と出かけていく父、
妻と母の二役を見事に、かつ堅実に全うして見せた女の鏡であるような美しい母、
二人の良き遺伝子を丸ごと受け継いだような賢く躾の行き届いた僕、
今省みるにしても本当に素晴らしい一家だった。
そんな我が家、調和と安定の保たれた完璧な我が家を、二人は愛の為にいとも簡単にうっちゃってしまった。
愛って偉大だ。しかし同時に、同様に、この上なくアホだ。

話は反れたけど、そこでお互いが新しい家庭を持つにあたって、
相手方(再婚予定の男性と女性ね)の家族構成を僕にあらかじめ提示して見せた訳だ。
父の再婚相手はなかなかの美人で、初めて会った時の印象はすこぶる良かった。
家事についてはやや不安な面が見え隠れしていたものの、気立てが大層良さそうなので僕は当初
こっち側に気持ちが傾いた。なぜなら早熟な僕は美人に目がなかった。美人万歳。ちなみに子供は無し。

そして母の再婚相手はと言うと、ひょろひょろっとした学者肌の人間で、
なんていうか一言で表すと胡散臭い以外の何者でもなかった。母さん趣味悪…と思ったかどうだかは別として、
こちらも陰気くさい割には穏やかな人柄が目に見えて、それなりに好感を持った。
だがしかし僕が母に付いていく決め手となったのは、誰あろう現在の僕の義兄その人なのであった。
彼は都内の国立難関大理工学部の俊才で、2回生の時点で老練老獪な教授陣たちからも留学を熱烈に薦められていた。
おまけにべっぴんだった。そらもう今で言う玉木宏並みのべっぴんだった。神は二物を与えられた。べっぴん万歳。
一目で僕は彼に落ちた。
初めて彼と相対し、また言葉を交わした日の事を僕は生涯忘れないだろう。

僕「は、はじめまして、お兄ちゃん」
義兄「……(ものっそい厭そうな顔)」

まあ言葉は交わしてないものの中々衝撃的な邂逅だったと思う。
だって小2のウブいかわいこちゃんがホホ染めていじらしくも健気に「は、はじめまして」なんて
言ってみろ、落ちない人間はまずいないと思う。だって僕は彼程とはいかなくともこんなに顔立ちが整ってる訳で、
上記のような台詞をはにかんで言われたら凶悪犯だってメロメロになる。多分。
まあ落ちたりメロメロになったりはしなくても取り敢えず好感のようなものは抱く。撫でてみたくなる。
ほお擦りしてみたくなる。庇護してやりたくなったりする。
なのに義兄は違ったのだ。
反応無しと即座に勘付いた僕は、義兄の細長い足に纏わり付き、首を45度程にこっくり曲げて、義兄を仰ぎ見た。
これで胸キュンしなかったらお前は人ではない。
それぐらい僕は可愛らしかった(筈だ)。

僕「…お兄ちゃん?」
義兄「キモ」

これには僕も参った。キモイなんて言われたことはかつて無かった。
そしてその瞬間僕は悟った。美人は美そのものに疎いと。ついでにこの人物、僕の思惑を見抜いてやがると。
僕らのやり取りを傍目にしてもなお和気藹々イチャコライチャコラしている母と学者を背に、
僕は少々途方に暮れた。
死んだ魚のような目をしていたと思う。今にして思えば人生初めての敗北であり挫折だったのだ。無理もない。

そんな風に5分ほどダイニングで突っ立っていた。
するとどこからともなく甘ったるく柔らかな匂いがキッチンの方から漂ってきた。

言葉にならない程の孤独と絶望感に打ちひしがれていた僕は、
その優しい匂いに思わずしゃくり込みそうになった。
なぜならその匂いはつい先日まで僕の家庭、父と母と僕の居た家に満ち溢れていた匂いでもあったのだ。
そうして今更ながらに気付いていた。本当は父と母が離れ離れになるのが僕には耐えられなかったのだ。
こうして泣きそうになっている今でさえも、どちら側に引き取られようが巧く立ち回っていけるよう、
物分りの良い子を演じることはできる。できるけど、実感が伴うとそれは身を切るように辛い。
だって僕の世界の中心はこれまで常に父と母、家庭は世界と同義であったのだ。

その時、キッチンのドアが開いて義兄が僕を見つめた。
瞬きすると涙が落ちるのは確実なので、僕はじっと義兄を睨む様に見返した。
数秒視線が絡み合った後、義兄はおざなりに手を招いて僕を無言で呼んだが、
僕は一歩たりとも動くもんかと意地になって義兄を睨み続けていた。
気が短いのか埒が明かないと踏んだらしい義兄は、長くて細い時計の長針のような足を
機械的に動かして、僕の目の前まで来ると足と同じぐらい長くて細い腕で僕を浚うように抱き上げた。
いきなりの事に、ともすれば叫びだしそうな唇を必死に引き結ぶと、僕は据わりの悪い腕に全体重をあずけ、
同時に目の前の頭にしがみ付いた。
義兄はそんな僕の背中をあやす様になでて、僕を抱えたままキッチンに逆戻りした。

僕はキッチンとダイニングを隔てる扉が完全に閉まるのを待って、その後しみじみと、しかし盛大に泣いた。
我とわが身の不幸を嘆き、義兄の胸を拳で叩いて、知恵遅れの子のように涎を垂らして静かな狂人のように両親を口汚く罵った。

義兄は黙ってそれを受け止めた。
そして泣きつかれた僕に冷め切ったホットショコラを与えた。
最後に「やっとキモくなくなった」と呟いた。

そうして僕は完膚なきまでに義兄に打ちのめされ、義兄に落ちた。
つまり両親のどちらかを選んだというより、僕は義兄ただ一人を選んだのだ。

おしまい