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球児

 夕暮れ。蝉の鳴き声も途切れがちになり、
昼間の、残酷な程の熱気を風が連れ去ろうとしていた。
 坂道の上にある学校の校庭では、球児達が部活動を終えたところだった。
道具を片付け終わり、皆が部室に戻っていく中、
一人だけ後方で孤立している少年がいた。
ふと振り返った尚樹は、彼を見過ごす事が出来ず、
遂に身を翻して彼の元に駆け寄った。
「おい、尚樹!」
 部員の一人が呼びかけて引き止めようとした。
が、尚樹はそちらを見ずにただ片手を振って走っていった。
 尚樹はその少年の前まで来て、立ち止まった。
広い校庭に今は二人しかいなかった。
少年は夕日が反射して光っている目で尚樹をぼんやり見つめた。
お互いに口火を切る事が出来ず、
暫し二人は無言で向き合っていた(尚樹は背中に部員達の好奇の、しかし冷たい視線を感じていた)。
が、しばらくして少年は足下に視線を落とし、
尚樹の横を素通りして小さく「お疲れ」と呟いた。
「あのさ…!」
 尚樹は振り返り、立ち去ろうとした少年の背中に呼びかけた。
少年が立ち止まる。尚樹にはその背中がとても小さく見えた。
そして無性に悲しい気持ちに突如襲われた。
「…あのさ、俺…こういうの嫌いだ…!
転校生にエース奪われたから嫉妬とか…
だからみんなでハブろうとか…」
 尚樹は、ややしどろもどろになりつつ一気に言葉を吐き出した。
ずっと我慢していたものが噴き出す様だった。
「…俺は…、お前、ほんと上手くて羨ましい。
なんか尊敬するよ、マジで上手いしさ…!
だから…、一緒に帰ろう…?」
 勇気を出して言いたい事を伝え終わり、
尚樹はどぎまぎして相手の反応を待った。
手が緊張の冷たい汗でヌルヌルした。
 少年はそっと振り返り、涙の堪った瞳で尚樹を見つめた。
彼の事をクールな性格だと思っていた尚樹は、
一瞬その涙に大きく動揺した。
「…ありがとう…」
 少年は掠れた声でそう言って、涙をなんとか堪える様に微笑んだ。
初めて見せた彼の笑顔は、『幼い』という印象を尚樹に与えた。
そして、尚樹も嬉しさを表す様に、にこっと笑みを返した。
夕暮れは夜を迎えようとしていた。