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皇子×王子

「へえ、お前って王子なんだ」
「うん、18番目だけど。あれ19番目? この前弟生まれてさあ。腹違いだけど」
 目の前の黒目が大きい少年は、あまり賢くなさそうな口調で答えた。
「いや弟だったらお前の生まれ順には影響ないだろ」
 小さな声で突っ込んで、僕はその見るからに世間を知らない王子様に手を差し出した。
「じゃあ握手。俺も小国の、しかも末の方の皇子。似てるな」
 いまどき皇帝がいる国といえば珍しいのに、人懐こそうな顔をしたルームメイトは
何の疑問も無く嬉しそうに僕の手を握る。
「これからよろしく!」
 僕たちは、国を遠く離れた寄宿制の学校に入学したばかりだった。上の兄姉たちは
誰もが知っている超有名校に、しかも鳴り物入りで留学したものだが、
小国の下の方の皇子・王子ともなればとりあえず箔をつけてこいとばかりに
適当な学校に放り込まれる。ここの学校はそんな微妙なロイヤルファミリーと、
腐っても王族と机を並べられるという名誉が欲しい成金の息子ばかりが多い寄宿校だった。
 学力レベルだってタカがしれている。その証拠に、僕が自分の国の名前を言ったときに
この王子様は無邪気な口調で
「それってどこにあんの?」
 と言ったものだった。こいつが地理の授業時間を全て睡眠に当てていることは知っていたので
僕は驚かなかった。そういう僕だってとりたてて真面目に授業を受けていたわけではない。
ぼんやりと外を眺めたり、幸せそうに眠るルームメイトのサラサラした髪をペンに引っ掛けて
引っ張って遊んだり、頬をつっついてその寝顔がうるさそうに少しゆがむのを見て楽しんだり、
とにかく国では立場上許されないような自由な学生生活を気ままに楽しんでいた。

はじめてのクリスマス休暇が来ても、僕たちは国に戻らなかった。
「……今頃うちのほうはさあ、結構あったかくて裸でごろごろしたりさあ、
パレードがあったりして、」
「そんなことより全教科赤点、しかも素行不良ってどうやったらそんなひどい成績取れるんだよ。
そりゃ補習受けさせられるに決まってんだろ」
 ぶつぶつ呟きながら課題を片付けるルームメイトを、ベッドの上から眺めて僕は
読んでいた本越しに言った。
「裸でさー」
 どうしても裸でごろごろすることへの未練を隠し切れない王子様は、飽きたのか
机の上に足をあげて窓の外の雪を恨めしそうににらんだ。
「そんなにやりたいならやればいいだろ、裸でごろごろ」
 僕は暇だったので提案してやった。
「部屋の暖房最強にして、この階じゅうのストーブ集めてさ、床に毛布敷き詰めればできるだろ、
ここでも」
「お前頭いいな!」
 王子様は目をきらきらさせて、そして僕たちは『裸でごろごろ』を決行した。
ストーブや毛布を集めてるのを見て、他の学校に残ってるやつらも興味を惹かれて覗きに来たものの
僕たちがやろうとしていることのあまりのくだらなさにあきれて自分たちの部屋に帰ってしまった。
僕たちは思う存分裸で床を転げまわって遊び、案の定次の週は仲良く風邪を引いた。
僕はそのことを国に帰らない理由にして、結局休暇中僕たちは一緒にいた。

 年が明けてすぐ、僕たちの両方にそれぞれの国から手紙が届いた。
「帰らなきゃ」
 大きな黒目を伏せるようにして、僕のルームメイトは言った。
「どうして」
「……お前の国と戦争が始まるから」
 ああ、さすがに手紙の内容は理解してたんだ、と僕は失礼なことを思っていた。

「知ってたんだろ」
 思ったより頭が悪くなかった王子が目を伏せたまま普通の調子で聞く。
「お前の国を聞いたとき、ヤバいな、とは思った。表面上は友好関係だけど
裏では相当エグいことになってるって兄たちから聞いてたから」
 僕は素直に答えた。むしろ、こいつが今までそのことに気づかなかったことの方が奇跡的だった。
僕がクリスマスに国に帰らなかったのも、学校の方がまだしも誘拐やテロの危険が少ない
と思われていたからだ。でも、もう事態はその段階を越えはじめていた。下っ端の王子や皇子は
率先して軍に入り、王族の義務を果たしているところを国民に見せなければならない。
「でも、仲良くしてくれてありがとう」
 どこにあるか知らなかった国、今から自分が入る軍隊と戦争をはじめる国の皇子に向かって、
敵国の18番目の王子は手を差し出した。
「好きだったよ、お前のことが」
「うん」
 授業中指されても口ごもって何も言えなかった王子様は、最後の最後に笑って
なんのためらいもなくそう言って、僕はただ頷いた。何書いてあるのかわかんない、
手紙なんて無視して休暇のときみたいにずっと学校にいようよ、だってもうすぐ春だし学校祭もあるよ、
と言われれば、皇子としての義務など放り出してついでに自国の神にも背いて
こいつと一緒にいるつもりだったのに、眩しいほどに立派な王子様に、優等生だったはずの
僕はもう何も言えず、「俺も好きだった」の一言さえも喉の奥に詰まったままだった。