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死人×閻魔様

目の前の男は怒鳴っている。
両脇をしっかりと鬼に捕らえられ、地に片膝を着きながらも自分に向けて怒鳴っている。
「何だよ!どうして俺なんだよ!何でだよ、なあ!」
男は吠える。目を見開き、涙を惜しげもなく流して。自分はそれをただ見ている。
あの言葉を言うべきだと思うのに、なぜか口の中がからからに乾いていて言葉が出ない。
「どうして俺がいま死ななきゃなんねえんだよ、……っ!」
運命は運命だ。呻きのような泣き声とともに崩れる男の背を見ながら思う。
それは私にだって変えられない。それは遙か昔、創世からの理だというのに。
「……馬鹿野郎……!」
そう小さく絞り出して、男は這いつくばったような姿勢のままきつい上目遣いで私を睨み付けた。
視線だけで射殺されてしまいそうなその視線の強さに、この男がどれだけ生を切望していたのかを思い知らされる。
家族や恋人や、夢。そういったものがきっと彼の腕の中にはあったのだろう。
護りたいものが。護れると信じていたものが。
それが理不尽に奪い去られたことに若い魂は叫ばずにはいられない。何度も、何度でも。
ここに来る者は皆そうだ。あるいは泣き、叫び、再びの生命を乞う。
絶叫を繰り返してその喉から血が流れたときが魂の寿命だというのに、彼らは叫び続ける。
私に訴えるために。私の裁量を引き寄せるために。
……ああ、この彼も知らないのだ。
私には彼のために出来ることなど、何ひとつ、無いのに。

「……あん、た?」
唐突に男が驚いたような顔でまじまじと私を凝視しているのに気が付いた。
「…………」
何だ、と返そうとしたつもりなのに声が出ない。喉の奥がやけに熱っぽく、
発しようとした声は小さな嗚咽のようなものになって溢れた。
「!」
狼狽えた瞬間、今度は頬を何か熱いものが滑り落ちる。
それは腹の前で握りしめていた私の掌に落ちてさえも暖かく、数秒の間を置いて
やっと自分の涙だということに気付いた。
「なんで、あんたが泣いてんだよ……」
男が信じられないといった顔で呆然と呟く。その両脇を捕らえていた鬼でさえ手を離し、
唖然とした様子で私を眺めている。
さあな、私だって分からない。そう返したいのに、涙は次々と止まることなく
私の頬を伝い落ちていく。
何もかもが温度を持たぬ世界で久しぶりに感じた暖かさだった。
「……、っく……」
温かい水は止まらない。思わず子供のようにしゃくり上げてしまい、
恥ずかしくて顔を背けた。今まで一度もこんな事はなかったのに。
彼のために何も出来ないことを悲しんだりなど、する訳はないのに。
「……なああんた、俺のために泣いてくれてんの……?」
男がおずおずと顔を上げて私を見た。
そんな訳無いだろうこの人間が、何を自惚れている。そう言ってやりたいのに
相変わらず言葉は出ない。俯いた私の額に、しばしの間の後そっと冷たいものが触れた。
顔を上げられない。私の額に優しく彼が口接けているのが分かる。涙が顎から落ちて、私の掌に重ねられた彼の手を濡らした。
「…………泣くなよ」
誰のせいだ。そうも言えずに、私はぐすっと小さく鼻を鳴らした。
いつかまたこいつが戻ってくることがあったなら、今度こそ地獄送りにしてやろう。
そう思いながらゆっくり顔を上げる。
もう一度ひんやりとした冷たさが、今度は唇に触れた。