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ピロートーク

「それでさー、その試験の単位必須だから落としたらやばいのに教授が変なやつでね。
『試験の範囲は言いません。まがりなりにも人間心理を学ぶ君たちなのだから私がどこを試験範囲にするのか、授業を聞いていればわかるはずです』
とか言ってんの。意味わかんなくない?なんで俺らがよく知りもしない教授の心理を考えられるんだよ」
あーあと呻きながら彼は枕に突っ伏した。
真剣に付き合うより、時間が合うときに会って快楽を貪りあえるようなそんな相手を求めて入ったゲイバーで彼と会った。
過度に染めすぎていない髪に、一目で気を使っているとわかる服装と男の自分が目線を上げないと目が合わない位置にある頭。
何より笑うとふにゃ、と崩れる顔が可愛くて声をかけられるままホテルへと行ったのが始めだった。
そんな始まりから3ヶ月が経った今もこうやって会っている。もちろんセックスくらいしかすることはないけれど。
することをした後は、今まで付き合った相手にようにすぐに帰ることもなく今日は何があった、バイト先でこんな客がいた…と他愛無い会話をしていた。
一方的に自分が聞いているだけだから会話とは言えないが。
だから彼がここらへんでも有名な大学の学生で、心理学を専攻していて、バイトは朝はコンビニ夜は居酒屋とかけもちしていることを知っている。
他にもたくさん彼のことを知っているけれど名前は知らない。
連絡先は携帯のメールアドレスのみだ。大学名を知っているから会いに行こうと思えば行けるが、この甘い空気の中で話す彼の話が全て嘘かもしれない。
そう思うと確かめることも怖かった。同じくらいホテル以外で会うことも怖い。
ホテルで会えばすることは一つだから口下手な自分でも問題ない。時間も限られているから彼に嫌われるようなボロを出すこともない。
身体だけの関係を求める者が集まるあの店で出会ったにもかかわらず、それだけで満足できないと言う勇気が無かった。
枕に懐く彼の髪をそっと撫でる。
「で、そのテストは終わったのか?確か今、試験期間中だっただろう?」
先々週会ったときに今と同じようにベッドの上で『来週から試験があるから会うのが難しい』と言った彼に会うのは都合のつくときで良いと言ったのは自分だ。
『もっと会いたがってくれても良いのに』と唇を突き出すようにして言う彼のリップサービスに胸中で喜んでいた。
「うん。試験は全部終わった…」
「そう、お疲れさま」
髪の中に指を差し込み、行き着いた先の耳をくすぐるように撫でると彼はチラリとこちらを見た。
試験の内容が結局どんなものだったのか気になるが彼が自分から言わないのなら聞かない方が良いんだろう。
「…昔俺が読んだ本なんだけどね」
「うん?」
「相手のことを知りたかったら、まず自分のことを話すんだって。ギブアンドテイク?差し出してから求めるものだって書いてあったんだ」
「ふぅん…まぁ確かに世の中ギブアンドテイクだよなぁ……」
ふ、と今自分が指導している新人社員のことを思い出した。義務を果たさないのに権利ばかり主張しているあの新人にもギブアンドテイクを理解してもらいたい。
「だからさ、俺はずっと俺のことを話していたわけなんだけど……それでも話してもらえないからどうしたもんかなぁと思ったんだよ。
曲がりなりにも心理学を学ぶ者として。」
「はぁ」
枕から頭を上げ、じっと見つめられる。
「考えた結果さ、俺あなたに聞いたことなかったんだよね」
「何を」
「色々」
ずりずりと寝っ転がっていた隣から自分に覆い被さるように動いてきた。
彼は両肘を顔の横につけこつんと額を合わせてきた。
「教えて?あなたの名前とか、歳とか……色々、たくさん」
真摯な瞳に見惚れた後、確かに彼は色んなことを自分に話すのに自分が彼に一切秘密にしているのは卑怯な気がした。
彼が話す内容の真偽のほどはわからないが、真実だとしたら気分は良くないだろう。
けれども。
「いきなりどうしたんだ?」
唐突すぎる気がした。この3ヶ月は自分のことを気に留めていないように一方的に話すだけだったのに。
それにムとしたように彼は眉を寄せた。
「俺はずっとあなたから話してくれるのを待ってたの。相手のことを知りたいって思うのは好きだからだよ?」
そう囁かれた後ちゅ、と唇に暖かいものが触れた。触れたがそれを認識できなかった。
「だってここが感じるとか、奥いじられる方が良いとか、そういうことは教えてくれるのにプライベートは教えてくれないとか寂しいし」
黙ってしまった自分に焦ったように彼は言葉を重ねた。
『好き』という言葉の破壊力はこの歳にきつすぎる。それを告げることができないくらい頭は真っ白なのに、心の中はじんわりと暖かい気持ちに満ちていく。
「どうしたら俺と同じくらい好きになってくれる?」
もっと努力するから、頑張るから、教えてよと慌てたように、それでも決して自分の上から退かない彼の背中を抱きしめながら『それ以上頑張られたら困る…』と小さく呟いた。