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この胸を貫け

2月16日、会社員芦野基彦(27)が仕事を終えて自宅アパートに帰宅すると、
六畳の日に焼けた畳の真ん中に、不釣合いなストロベリーブロンドの美少年が、
正座をして待っていた。

「…どちらさまですか?」
「こんばんわ。私はキューピッドです」
「すいません、部屋を間違えたようです」
「芦野基彦さんでいらっしゃいますね?」
「…はい」
「初めまして。私はあなたの恋心を奪うためにやってきました」
「はあ?」
「さる2月14日午後6時24分15秒、○×駅前広場噴水横ベンチにて、
 同僚花丸希美子さんから差し出されたチョコレートを受け取りませんでしたね?」
「はあ?」
「受け取りませんでしたね?」
「…はあ」
「契約により、この鉛の矢を撃ち込んで、あなたの恋心には死滅してもらいます」
「ちっ、ちょっと待って!何それ弓矢!?こっち向けないで危ない!」
「逃げないでください。すぐに済みます」
「ひぃ~っ殺される~!!」
「生命に危険はありません。安心して」
「安心できるかっ!!」
「あっ何するんですか、返してください!」
「没収!こんな危ないもの子供が持ってはいけません!」
「子供とは違います。キューピッドです」
「まずは話し合おう。話を聞こう…って君、何で裸なの?」
「キューピッドですから」
「…キレイな肌してるね」
「キューピッドですから」
「……君、キレイな顔してるねぇ」
「キューピッドですから」
「ほぁ~」
「あれ?恋色メーターが反応してる。私、間違って黄金の矢を撃ちましたか?」
「黄金の矢ってこれ?これ撃つと恋しちゃうの?」
「あっ黄金の矢までいつの間に!?」
「これ黄金で出来てるの?結構軽いね」
「あ~ん、返してくださ~い」
「そんな涙ぐまれると困っちゃうなぁ。もう俺を狙ったりしない?」
「それはできません、契約ですから」
「何その契約って」
「チョコレートを買ってくださったお客様へのオプションサービスです。本来なら、
 意中の相手がチョコレートを受け取り、箱を開けると私たちキューピッドが現れ、
 黄金の矢を撃ちこむことで、目の前の相手に愛情を芽生えさせるという内容です」
「最近のバレンタインはすごいことになってるんだな」
「しかし花丸様の場合、チョコレートをあなたが受け取らなかったので、本日、
 鉛の矢を撃って相手が恋を嫌悪するようになるオプションを追加で購入いただきました」
「それ何て呪い代行業?」
「契約をきちんと履行しなければ、私が上司に怒られるんです~ぅ」
「可愛い声出してもだめですぅ」
「矢を奪われたことまでばれたら、クビになっちゃいます~ぅ」
「俺だって恋が出来なくなるなんてごめんですぅ」
「私キューピッド失格になっちゃいます~ぅ」
「じゃあ、うちにくればいいじゃない」
「え?」
「えいっ」

ぷすっと、芦野が伸ばした手の先の、黄金の矢が少年の胸を貫いた。
後に彼はこのときのことを、次のように語っている。

矢が胸を貫いた瞬間、世界は大きく色を変え、全てのものが美しく輝きだし、
天使が祝福のラッパを吹いていた。頭の中では絶えず鐘が鳴り響き、熱き血潮に
顔が紅く染まるのを止められなかった。そして、目の前には軍神マルスの如き
逞しく美しい男がおり、自分に熱い視線を向けていたのだ。

「鉛の矢は返すよ。さあ、この胸を貫いてごらん」

男は両腕を大きく広げ、少年に向かい微笑んだが、少年は矢をつがえることすらできなかった。
それよりも、高鳴る胸の音を聞かれやしまいかと恥ずかしくて、どこかに逃げ隠れてしまいたかった。