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天使×悪魔

「君を見たとき天使のようだと思ったのさ」とジェディ・ローバーは僕に言った。金の巻き毛を揺らしながら、青く光る宝石のような目で。

ジェディは校内で知らぬものはない有名人だった。時代から切り離されたような郊外の古い寄宿学校でのことだ。狭い世界といってしまえばそれまでだが、とにかくジェディの名は生徒教師を憚らず人々の口にのぼった。
それは彼が、それこそ天使のように美しく、見るもの全てを強烈に惹き付けたからに他ならなかった。
名前が似ている、とプリティ・ウーマンと囁かれたこともあったが、それはあまり彼という人にはあてはまらず、段々と聞こえなくなっていった。代わりに残ったのがジュリアやジュリエットというあだ名。
けれど僕は彼を妖しく美しいものとして崇めることに納得がいかず、頑なに「ジャス」と、そう呼び続けた。
ジャスとは運悪く同室で、なにが悪いものかと言われればそれは彼の信奉者に逐一に睨まれたことだ。ただこの部屋にいるというだけで、僕はやたらに敵を作ってしまった。
僕という奴は田舎の牧場主の子というだけでなにも取り得はなく、少し背が高いだけのつまらない子供だった。父の勧めで商学を修めるために入学した。ただそれだけだった。

ジャスは僕をよくからかった。それはいつも、まわりに彼の信奉者達がいないときに限られていて、つまりは僕たちの部屋の中だけの出来事だった。

部屋にはいつも、ジャスの燻らせた煙が満ちていた。父の巻きタバコとは違う、バニラの香り。そんなとき僕はいつも部屋の隅に立って、避けられない煙から逃げていた。
彼は見目に反してどこか悪魔的な無邪気さがあった。
田舎に彼女はいるのか、女の裸を見たことはあるか。同級生達より2つ3つ幼く見える、それこそ少女のような彼がそんなことを言うのは酷く滑稽だったのだろうが、僕のような田舎者にそんなことがわかるはずもなかった。
耳慣れない、おそらく大人びた言葉で捲くし立てられ、戸惑うばかりの僕を見て彼がくすくすと笑う。口を噤むばかりでなにも言い返せない僕。

ジャスは半分もいかないうちにタバコを靴で擦って消し、立ち上がり僕に手を伸ばした。
制服のタイをするすると手に絡めながら、僕の目を真っすぐに見つめる。
「君を見たとき、天使のようだと思ったのさ」
窓から差込む光が彼の巻き毛をきらきらと照らし出す。古びた部屋に舞う埃さえ、陽を浴びて輝く、彼のための舞台照明のように見えた。青い目が僕を見据える。
「……ジャス、君は…」
なにを言えばいいのかわからないまま彼の名前を呼んだ。
ジャスは僕にさえわからない僕の心を知っているのか、可愛らしくにっこりと笑った。それはそれは天使ような顔で、悪魔のような目で。瞳の奥深くに、本当の彼がちらりと蠢くのが見えた。
「ジャス」
僕の声に応えるように、彼は細い手に絡めたままの僕のタイを、きゅ、と握った。さして力などかかってはいない。
それでも僕は吸い寄せられるように、もしかすると自分から、ジャスの目を覗き込んだ。

青い瞳を見続けながら、天使のような彼に僕は、魂を売ったのだと気付いていた。
「ジャス、はじめて見たときから、君は悪魔なんだと知っていた」
真実であれそんな言葉に意味はなく、足元の違和感に床を見やると、いつの間に外されたのか僕のものであろうタイを踏んでしまっていた。
その姿は今しがた捨てた理性によく似ていて、僕を酷く煽った。

どちらからともなくベッドに倒れこむ。
いつもより近く青く、舌の上には甘やかなバニラ。